人参と棒

「アメとムチ」という言葉がある。
もともとは19世紀後半のドイツの宰相、ビスマルクの政策を評しての言葉のようだが、現在ではご存知の通り、政策だけでなく、教育・指導等において報酬と罰の両方を適度に与えることをも指す。広くは、優しさと厳しさを使い分ける、といった程度の意味合いで使われることもある。
「ツンデレ」にも通じるところがありそうだ。

この「アメとムチ」は、実際に行動療法に用いられていたりと、行動を変容させたい時に効果的なこともある。例えば拒食症の方に対し、最初は多くの行動を制限しておいて、食べられるようになるに従って制限を緩くしていく、など。
この方法に効果があるかどうか、そしてそもそも用いることができるかどうかは、患者自らが主体的に問題解決を目指していけるか否かにかかっている。いくら治療であっても、本人の同意がなければ行動制限はただの監禁になってしまうし、罰に反発し、却って不適応行動を強めてしまうことさえあるだろう。

よって、認知症の方には適用はできない。周辺症状は、本人には行動の障害という自覚はなく、罰が「愛のムチ」であるとは理解してもらえない。
ただ、認知症の方でも学習(条件付け)は可能であると思われる(エントリ「出番だよ、ワトソン君」など参照)。罰を与えることは許されることではないが、報酬をうまく使えば、好ましい行動の出現頻度を上げたりすることはできると思う……が、ここでは余談になるのでこれ以上は述べない。

認知症のない、あるいは比較的軽度の方には、「アメとムチ」を用いることもある。甘いものが大好きな糖尿病の方に、普段は食べることを我慢してもらって、その代わり月に1回の受診時には喫茶店でケーキを食べてもらうなど。

そして……強迫性障害の方。エントリ「確認行動その後」等で何度か触れているが、確認行動を止めたいとご本人も思われており、また他入居者さんに迷惑がかかることもある(職員への確認がしたいあまり、他入居者さんの居室でケア中の職員を追って、部屋の中を覗き込まれるなど)ため、施設としても、そうしていければと思っている方がいる。
だが、現在のところ、あまりうまくいっていない。ご家族の方が、「確認は、1人の職員さんに1日1回だけにしましょう」と、最初からかなり厳しい制限をかけてしまったため、ご本人さんが「そんなの絶対無理―!!」となってしまったような感じだ。

事務室にも、何度も確認に来られるようになっている。11時前と17時前、遅番と夜勤者が出勤してくるのを待ち構えていて、「薬や着替えの介助お願いね」と頼まれるのだが、その時間に事務室に職員が誰もいないと不安になるようで、「10時半(16時半)には事務室にいてね」と何度も何度も念を押しに来られるのである。

そこで一計。
「わかりました、必ず事務室にいるようにします。でも時間になる前にまた○○さんがここへ確認に来たら、それは○○さんが私を信用してくれてないってことだから、私も約束を守ろうなんて気持ちはなくなっちゃって、事務室にいないでどこかに行っちゃってるかもしれませんよ」と言ってみた。

結果、事務室へ確認に来られることは午前と午後、1回ずつになった。その2回は、その方が事務室で出勤してくる職員を待つ間、精一杯歓待している。

これってアメとムチなのかなー、と思った次第。

コメントを残す