入居者さんと電話

うちの施設では、当たり前と言えば当たり前なのだが、入居者さんが携帯電話を持つことは自由であり、実際に何人かの方がお持ちになった。
お部屋に電話回線を引くことも絶対にダメというわけではないかもしれないが、どうしても固定電話でなければというご希望も、このご時世なさそうではある。

携帯電話をお持ちでない方が電話をかけたいとご希望された場合、事務室前に公衆電話があるので、それを使っていただいている。
これはプッシュ式のごくシンプルなものだが、ご高齢者、特に難聴の方にはなかなかうまく使えず、職員がお手伝いすることも多い。

「電話をかける」ことも、施設の外の社会との関わりの一部であり、大いに結構なことである。そのため、電話をかけるお手伝いをするのは、職員にとっても、本来嬉しい支援であるはずだ。

しかし実際には、喜んでお手伝いします、という心境にはなれないことが多い。その理由はただ一つ、かけられた相手が喜ぶとは限らない……というよりも、ほとんどの場合は嫌がられてしまうからである。

用件が「○○を買ってきて欲しい」というご希望であったりすると、それがたびたび面会に来られるご家族さんであれば、ついでに買って来るぐらい何でもあるまい。しかし、それが親戚の方であったり、ご友人であったり、しかもご高齢のためご自分で車の運転ができない方ともなれば、電話をもらっても困ることになる。

ご家族さんの中には、「施設の方から携帯電話にご連絡をいただくのは一向に構いませんが、本人には番号を報せないでください」とおっしゃる方もいて、当然そのご意向を無視するわけにはいかない。
まあ、その気持ちはわからないでもない、というよりも大いに共感できてしまうのだが……

そんなわけで、入居者さんが「公衆電話を貸してください」と事務室前に来られたりすると、実に微妙な心境になったりするのである。お手伝いするのが面倒だというわけではない。かけられるお相手のことも考えなければならないからだ。

かかってくる電話に関しては、我々にとっても大歓迎である。
「5分後にかけ直してください」とお願いし、ご本人さんにお電話の前に来て待機していただいたり、あるいは保留にしたままでコードレスの子機を持ってお部屋までダッシュして話していただいたりしている。

が、残念ながら、そういう機会は稀だったりするのである……

狂気の沙汰ほど面白い…!

最近、麻雀を機能訓練や脳の活性化のためにと採り入れている介護サービス事業所は多い。
とある有料老人ホームを見学した際には、談話室に全自動卓が置いてあって、さすがだなあと感心した覚えがある。

私が以前勤めていた法人でも、複数のデイサービスで麻雀を行っていた。いくつかの事業所が合同で、麻雀大会を行ったこともある。

麻雀を好むのは、やはり男性が多い。
そもそも男性は、他の利用者さんとのおしゃべりや、みんなで行うミニゲームのようなレクレーションをあまり好まないものだ。そのため、デイサービスも喜んで来る人は少ない。このあたりはエントリ「サロンと倶楽部」を参照のこと。
ただ、女性でも家庭麻雀を楽しんでいた方、また新たに興味を持たれる方もいないことはない。

さて、利用者さんに麻雀を楽しんでもらうためには、職員も当然精通しておいた方が良い。ピンチに入れるし(って雀荘かよ)。これも介護職員として必要な教養の一つ……というのはさすがに言い過ぎだろうか。

思えば私が麻雀を始めたのは中学生の頃だった。きっかけはやはりテレビゲームである。友人たちと共に、皆で一緒になって覚えていったものだ。
高校に進学すると、麻雀を知っているクラスメイトは決して少なくなかった。月に何回かは、私や友人の家で徹マンをしていた。地方の進学校などそんなものなのである。
大学では、サークルの部室でそれこそ毎日のようにやっていた。

洗い物

結局、iPhone4SとiPad miniの両方ともiOS7にアップデートしてしまった。
2年前のデバイスなのに、最新のOSを入れて、全く新しいものを手に入れたかのような驚きが楽しめる。こういうところもAppleの凄さだろう。

とまあ、そんな話はさておき。

調理職員の退職により、調理のシフトが回らなくなった。

調理の部署内ではどうにも解決できなくなり(本当は全くそんなことはないのだが、彼らに柔軟な思考をせよと言っても酷なので、そういうことにしておこう)、これまで調理職員が行っていた業務の一部が、介護職員に回ってくることになった。
具体的には、夕食後の食器洗いと片付けが、一階の夜勤職員の仕事になった。

これまでやっていなかったことを新たに行うのだから、介護職にしてみれば面倒臭い話なのかもしれないが……
個人的には、却って有り難いくらいに思っている。

かつてはうちの施設でも、食後に洗ったお皿などを拭く作業を、入居者さんに手伝ってもらっていたこともあった。しかし今では全く行われていない。
それを入居者さんにお願いしていると、調理職員の手間は逆に増え、特に夕食後には調理職員の帰宅時間が遅くなってしまうからだ。
それなら、後のことは我々に任せて帰宅してもらっても全然構わないのだが、それはそれで気が引けるらしい。全く面倒なものである。

しかしこれからは夜勤職員が片付ければいいわけだから、終了する時刻が何時になっても、夜勤職員自身以外には差し支えない。思う存分入居者さんに手伝ってもらうことができるというものである。

当然、「手伝ってもらう」とは言っても、職員の手間が軽くなるわけではない。食器を拭きなおすなどの手間が逆に増える。
だがそれでも、入居者さんに自分の役割を持ってもらって、「自分は他人の役に立つ存在である」ことを確認してもらう一助になれば、それでいいではないかと思うのだ。

とあるご夫婦

うちの施設に入居されている夫婦が、一組増えた。
元々奥さんが他所のグループホームに入居されていて、その後旦那さんがうちの施設に入居された。そうしてしばらく別々に暮らされていたのだが、この度、奥さんがうちの施設に移って来られたのである。

夫婦というのは、どんな方々であっても、常に一緒にいるのがベストとは限らないように思える。一方がもう一方を気にかけ過ぎ、疲弊されているのを見たりすると(えてしてご主人が認知症で、奥さんが比較的しっかりしていて世話を焼くことが多い)、もっとご自分のペースでご自身の生活を楽しんでくれればいいのにと、可哀想に思う。

さて、冒頭で紹介したご夫婦について。
奥さんには認知症があり、家に帰りたいという訴えが強く、グループホームでは当初苦労したらしい。窓から出られてしまったこともあったとかなかったとか。
現在では車椅子を使われているが、歩けなくなるような疾患はないので、これは薬で鎮静がかかっているというのと、おそらく向精神薬の副作用により、立って歩くのも難儀だろうなと思えるほどに太っているためだろう。

先日、こんなことがあった。
奥さんが私の介助でトイレに行かれたあと、食堂でリハビリパンツに手を入れていた。私のパッドの当て方が良くなかったのかもしれない。
ご主人さんはそれを見て、「腹痛いのか?」と心配し始めた。私が奥さんに確認し、そうではないことをご主人さん(強い難聴である)に伝えても納得されなかった。「どうして、あんたが何でもないって決めつけるんだ。苦しいのは本人なんだ」とのこと。いや、それはそうなんだけど。
そして奥さんに直接「腹痛いのか?」と聞かれる。奥さんはしつこく尋ねられて面倒になったのか、「そう!」と返答。ご主人さんが「ほら、痛いって言ってるぞ! 医者に診せてやってくれ」となった。
ご主人さんにも認知症があり、奥さんの認知症状は理解できない。

そこでやむなく、しばらくお二人を離すことにした。奥さんを食堂から談話スペースへ移動し、「お腹は痛くないですか? トイレに行きませんか?」と再度確認した上で、窓の外の景色を眺めながら少しお話しした。
しばらくして奥さんに食堂へ戻っていただくと、ご主人は再び「腹痛いか?」と尋ねられた。しかし奥さんの返答が「どこも痛くないよ」だったおかげで、私は逆にご主人さんから、「あんたのおかげで母ちゃん良くなった。ありがとう!」と、私は何もしていないのに、激しく感謝された。

その後ご夫婦は寄り添って手を握り合っており、そういうお姿を見ていると、ああやっぱり一緒に暮らせるようになって良かったなと思った。

ご夫婦を一緒に住まわせたいと希望していた息子さんから、私たちは感謝の言葉をいただいたが、少なくとも私に関しては何もしていない。居室が空いていないかと尋ねられ、空いていますよとお答えした時に、奥さんをうちの施設へ移したいという希望をお聞きして、簡単に手順を説明しただけである。
むしろ、「もしも奥さんが移ってきて、お互いに、また周囲の入居者さんたちに悪影響があった場合は、グループホームに戻っていただくことをお勧めすることがあるかもしれない」というこちらの勝手な提案を、受け容れてくれた先方の施設の好意に感謝すべきだろう。

これからお二人がどうなっていくかはわからないが、見守っていきたいと思う。

チラシで折るゴミ箱

多くの介護施設で見かけるものに、「チラシで折ったゴミ箱」がある。
これって全国的なものなのかな? とふと思ってググってみたところ、あっさりヒットした。

これだ。
http://nanapi.jp/89187/

高齢者の食事では、食卓にボックスティッシュが必須である。このチラシで折ったゴミ箱を置いておくと、食事中に、使ったティッシュペーパーや食べこぼしたもの、薬が一包化された袋などを入れておき、後で箱ごと捨てることができて便利だ。
ただ、見栄えは決してよろしくない。私が以前勤めていた職場では、そういう理由からこの箱を使わず、テーブルには使い捨てでないゴミ入れを置いていた。しかしその事業所以外では、どこに行っても見かけると言っていい。

しかしこれが優れているのは、使い捨てであるということではない。要介護高齢者にとって、これを作るのがちょっとした手作業や、施設内での役割になるということだ。

実際、これを作るのを自分の「仕事」としておられる方に何人もお会いしたことがある。認知症の進んでいる方には手順を覚えるのは少々難しいが、認知症のない方、そして軽度の方なら独りで作れるようになる。手順を覚えられなくとも、職員が傍らに座って一緒に作れば、手作業を兼ねたコミュニケーションになる。

もしも「初めて見た」という介護業界人の方がおられたら、折り方を覚えておくと何かの役に立つかもしれない。
まあ、そういう人はいないのではないかという気もするが……