利用者による暴力

認知症の方による職員への暴力について。

暴力は、職員の拙い対応が原因となることもあるのは確かである。だが、だからと言って「全てお前が悪い」と言われてしまうのはあまりに遣り切れない。

個人的には、殴られるのは別に構わない。大抵はある程度予測できるので備えられるし、所詮は高齢者なので力も大したことはない。そのため、怖いと感じたことは今までにないが、女性の職員であればそうも言っていられないだろうとは思う。

私が精神的な辛さを感じるのは、突然お茶の入ったコップを投げつけられたり、その方がテーブルの下に落とした物を拾おうとして身を屈めたら、頭の上から水をかけられたりすることだ。
世間一般で、侮辱的と言われるような行為により、体が汚れるなどした場合である。

後で衣類を着替えて洗濯したり、頭からシャワーを浴びる際の、あの情けない気持ち。

ただ単に汚れるのであれば何とも思わない。例えばトイレ介助の際に、利用者さんが便器に腰を下ろす前に尿が出てしまってこちらの足まで尿で濡れたとしても、全く平気である。さっさと着替えてシャワーで体を洗い、衣類は消毒後洗濯して終了だ。

この情けない気持ちは、怒りとは違う。
頭では、認知症の方には責任はないのは分かっているし、自分の対応も拙かったのだろうと思う。
辛いのは、己の姿をどうしても惨めと感じてしまうことによるのだろう。

職員は殴られたり侮辱されたりしても、どうすることもできない。治療が必要なら労災になるが、そこまで至らなければ耐えるしかない。
慰謝料がどこかからもらえるわけではないし(慰謝料をよこせと言っているのではない、念のため)、言葉は悪いが、泣き寝入りである。自分の対応が拙かったのだと反省することを強いられて。

誰に責任を負わせることもできない。
と言って、何をされても我慢しろというのでは、職員に酷だとも思う。

たぶん、事業所は、そうしたことへの対策もきちんとしていかなければならないのだろう。職員が長く働ける職場とするためには。

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本当に帰りたい?

「家に帰りたい」と訴えたり、「帰ります」と荷物をまとめ、施設から出て行こうとされる認知症の方は少なくない。
こうした訴えは「帰宅願望」とか「帰宅欲求」、「帰宅要求」などと呼ばれる。どれも専門用語として確立しているとは言えず、以前から慣習として用いられてきている。

「願望」「欲求」「要求」は、もともとの日本語としては同じ意味ではないが、この場合には特に使い分けられてはいないだろう。帰りたいと訴える、あるいは帰ろうと行動することをひとまとめにして、各々が適当に使っているようだ。

私はエントリ「声かけ」で書いたように、専門用語然とした名詞が嫌いだ。だから「帰宅願望」などの言葉もあまり使うことはない。
ただ、このブログの索引には、便宜上項目は作ってあり、そこにはこう書いた。
(現在、索引は公開していません。)

【帰宅願望】
言葉通り、「家に帰りたい」という願望であるが、認知症のない方が「本当は家に帰りたいけれど現実的には無理」と考えているような場合には用いず、認知症の方が、主に入所・通所系サービス利用中に訴えられることを指す。
利用者によるサービス拒否と言えるが、家族の状況なども踏まえた総合的なアセスメントの結果、サービス利用が適当と判断された場合には、本人の意思に反してサービス利用を継続するべきであるとみなされている(少なくとも現在のところは)。

しかし、言葉や行動として現れたものが、本当の理由であるという保証はない。「家に帰りたい」と訴えられていても、実は単に焦燥感を感じて落ち着いていられないことがその原因であったり、あるいは単に今の場所にいるのが嫌だったりすることもあるだろう。我々はその可能性に縋り、「帰りたいという方を施設に引き止めることは、必ずしも利用者本位の理念に反しない」と自らに言い聞かせ続けている。

と、ここまでが長い前置き。

「帰りたい」と言われる方が本当に自分の住んでいた家に帰りたいと考えているのかどうかは、私は簡単に見分けられると思っている。

面会に来られたご家族さんに「帰りたいから連れて帰って」と訴えられる方は、本当に帰りたいと思っている。
訴えられない方は、どこか特定の場所に帰りたいと願っているのではなく、そわそわと落ち着かない気持ちを「帰りたい」と表現していたり、単にここにいたくないと感じているだけだったりする。

ご家族さんというのは、ご本人さんにとって、介護職員よりは気が許せる存在のはずである。家に帰りたいと思っているのなら、それを直接言っても良さそうなものだ。
それを、面会中は嬉しそうに談笑していて、しかも笑顔で見送りさえするのは、面会に来られることによって本当の欲求が充足されたからだ。つまり、その瞬間は孤独感が解消されている、または周りが知らない人だらけの不安な状況ではなくなっている、など。

本当に帰りたいわけではない方に、帰ろうという気持ちを感じずに施設で過ごしていただくのは、言ってみれば我々の腕の見せ所である。頑張らないと、と思える。
しかし本当に帰りたい方に対しては、施設で暮らしていくのも仕方がない、と割り切ってしまえない切なさを感じてしまう。

ところで、「面会」という言葉も、実は私はあまり好きではない。面会とは、他者による管理を受けている人に、外部から人が訪ねて来ることを指すと思うからだ。
病院では、入院患者は医学的管理下にあるので、「面会」で良いかもしれない(普通「見舞」と言うが)。しかし介護施設は、利用者はそこで生活しているのである。そこが家のようなものなのだから、「面会」はそぐわない。例えば、我々がマンションに暮らしている友人宅を訪ねることを「面会」と言うだろうか、という話である。「訪問」と言うべきではないかと思う。

まあそれは完全に余談だが。

今夜は眠れない

以前、「睡眠とアルツハイマー型認知症」というエントリを書いた。

アルツハイマー型認知症の原因物質と考えられているベータアミロイドは、若い人の脳でも生成されているが、それは睡眠の前後で減少しているという研究がある(前述のエントリを参照)。つまり、不眠によって脳内のベータアミロイドが増え、アルツハイマー型認知症を発症しやすくなることもあると考えられる。

さて、とにかく寝ないアルツハイマー型認知症の方がいる。
単なる昼夜逆転ではない。昼夜を問わず、いったいいつ寝ているのだろうと周囲の人間が不思議に思うくらい寝ないのだ。実のところ、うちの施設に最近入居された方がそうなのである。
こういう方は、決して多数ではないものの、珍しいというほどでもない。時々見聞きする話である。

もともと不眠があり、それが一因となってアルツハイマー型認知症を発症、その後も不眠傾向が維持されるのか。
それともアルツハイマー型認知症の症状の一つとして不眠があるのか。
これはなかなか難しく、興味深い問題だ。

前述のエントリでも書いたが、睡眠とは、休息という意味ももちろんあるが、人間にとっては脳内での記憶の整理もそれに劣らない重要な役割であろう。だが認知症により記憶という機能が衰えれば、その分、整理するという作業もさほど重要でなくなるのではないだろうか。
健康な人間であれば、日中の活動を経て脳に情報が蓄積し、それを整理するために睡眠が必要となる。しかし認知症によって脳に蓄積される情報の量が激減すれば、それを整理する作業量も減る。つまり、眠る必要性が低くなる。

しかし。
眠る全ての生物が、日中にそれほどの知的活動を行っており、睡眠によって情報を整理する必要があるとは思えない。やはり睡眠の第一義は休息なのだろう。
生物の活動、特に筋肉の動きは熱を生む。休息しなければ代謝によって生じた老廃物の処理が間に合わなくなるかもしれないし、熱を放出しきれなくなるかもしれない。実際、不眠は倦怠感をもたらすし、また発熱も伴うことがある。寝ない認知症の方に、不明熱が現れることはよくあるのではないだろうか?

いずれにしろ、深部体温が下がらなければ眠気は起きにくい。眠くないので動いてしまい、さらに熱を発生する。こんな悪循環が起きているということはないだろうか。
対処法としては、よく言われることではあるが、日中の活動量を増やすこと、夜間の低温入浴により深部体温を適度に下げることなどだろうか。

それでは、今日はこの辺で。
皆さま良い夢を!

(参考エントリ:睡眠とアルツハイマー型認知症

『ためしてガッテン』でレビー小体型認知症が!

本日のNHK『ためしてガッテン』は、「気づいて!新型認知症 見分け方&対策大公開」というものだった。
http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20131002.html

「新型認知症」というのはレビー小体型認知症のことである。今さら「新型」? という気もしないではないが、テレビでこれだけ正面から扱われたことはそうはないだろう。実際、なかなか充実した、専門職にも勧められる内容だった。介護職だけでなく、医師にも観て欲しいと思ったくらいだ。

これまでのところ、この番組で認知症が採り上げられる時には、一部を以って多くの方に当てはまると誤解させるような内容が多かった印象があるが、今日はきちんと説明されていたように思う。対応方法も賛同できるものだった。

一番印象的だったのは、法廷画家の方が、レビー小体型認知症の方の幻視を再現した絵である。なるほど、このように見えているのだな、と大いに参考になった。
レビー小体型認知症の方の幻視が、エントリ「パレイドリア」で書いたようなものであることもよく分かった。

ただ、レビー小体型認知症の診断は難しく、誤診も多い(エントリ「レビー小体型認知症の診断の難しさ」)参照)ことなども取り上げて欲しかった……

再放送は来週火曜日、10月8日の午後4時5分から……だと思う(一応ご自身で確認してください)。ぜひともご覧あれ。

DASC

国が推進する地域包括ケア、そして新しい認知症施策の一環に、認知症初期集中支援チーム(エントリ「認知症初期集中支援」「認知症に早期在宅ケアを」参照)がある。
そのチームが認知症を見つけ、アセスメントを実施し、情報を共有するためのツールとして、DASC(Dementia Assessment Sheet in Community-based Integrated Care System、地域包括ケアシステムにおける認知症アセスメントシート)というものが開発されている。
これは東京都健康長寿医療センター研究所が中心となって作られたもののようだ。元々の目的は名前にもあるようにアセスメントである。しかし、研究によってスクリーニングにも役立つことが裏付けられているという。

基本的には、ご家族さんなどからの聞き取りによって調査するが、独居の方などは、直接聞き取って調査者が評価しても良いこととされている。
方法は、調査項目に対する答えを4つの中から選ぶだけだ。

項目の数は、18、15、12といった複数のパターンがあり、それぞれDASC-18、DASC-15、DASC-12と呼ばれる。DASC-18、DASC-15はアセスメントとして、DASC-12はスクリーニングツールとして用いられる。
結果には、CDRおよびMMSEとの相関がはっきり認められたというが、認知症そのものではなく、検査の結果との相関が認められることが、検査の信頼性を高めることになるのか? という疑問が……

認知症初期集中支援チームは、モデル事業も行われ、スタッフを養成するための研修も行われ始めている。
当然私は業務で直接の関係はないのだが、興味はあるので、たとえばこのような資料にも目を通してみようかなと思っている。