業務日誌

皆さんは業務日誌ないしは日報をきちんとつけているだろうか。

記録というものは、介護記録にしろ支援経過にしろ、対象となる利用者さんにとっての情報というだけでなく、自分(もしくは自分たち。以下同じ)が仕事をした証でもある。だがそれらは各利用者さんごとの個人ファイルに散逸するので、特定の日に自分が何をしていたのかを後から辿るためには、あまり役に立たない。
そこで毎日、自分が何をしていたのかをまとめた日報を作っておけば、「○月○日、自分はこんなことをしていた」「自分は一日にこれだけの仕事をしている」ということの証となる。

介護保険法、そしてそれに基づく実地指導等は、このような形での記録を求めてはいない。だから作る意味などないと言ってしまえばそれまでだが……私は、介護の職場に限らず、全ての職業人は、個人単位ないし部署単位で業務日誌を作るべきだと思っている。
その一番の理由は、仕事を一日単位で区切ってしまわないようにすることだ。どんな仕事であっても、「さて、今日も一日の仕事が終わった。今日のことはきれいさっぱり忘れて、また明日頑張ろう」ということなどない。
目標は現在どのくらい達成されているのか、これから行う仕事の優先順位は、また他のスタッフへの連絡事項は……といったように、その職場で日誌として記しておくべきものがあるはずだ。

介護の仕事であっても、基本的な利用者さんへの支援は一日単位ではあるが、何日、何週間、何カ月といったように、長いスパンで考えるべきものもある。「今日はこうだった。明日はこうしてみよう……」ということが、シフト制によって、別のスタッフに替わってしまうために引き継がれないのではよろしくない。
そこで連絡ノートのようなものがあるわけだが、連絡ノートはある時点での伝達に過ぎない。時系列で把握できる術が必要なのである。個人単位の支援であれば個人の記録でこと足りよう。しかし、例えばユニットやフロア単位、施設単位の支援であったら?
また、そうした日々の現場の努力を、管理者はいかにして把握するのか? 代表者による口頭での報告のみか?

ということで、介護における業務日誌の形というものを考えている。

きっかけは、1つ目は、うちの会社の本部が、各々の事業所の職員の出勤状況や、サービスの提供状況、出費などを正確に把握できておらず、経営に支障が生じているらしいこと。

もう1つは、一人の職員が「うちの業務日誌は無駄だ」と言ったらしいことだ。
うちの業務日誌が無駄だというのは、私も入職して間もない頃に思った。出勤してきている職員と、在所入居者数を毎日書いているだけだから。しかしその日誌の目的を聞いて、そういうことだったのかと納得したものだ。
つまり、うちの業務日誌は業務日誌ではない。単に、万が一災害が起きて避難などの必要が生じた時に、施設に誰がいるのかを正確に知るためだけのものなのである。
それはそれで意味のあることだが、「業務日誌」と呼ぶのはやはり混乱のもとであろう。

私もこれまでの職場では必ず日誌を書いていたものだが、今の職場へ移ってきてからそれがなくなった。
老健の支援相談員時代、相談員日誌は実地指導や書面指導でしっかりとチェックされた。その理由は、別に相談員の業務が監視されていたわけではなく、利用者数や入退所などの記録がそこにしかなかったからだったと記憶している。しかしその頃の仕事は、その数字が全てだったと言っても良い。請求ソフトにも日報の機能ぐらいあって当然だと思うが、用意された書式だとほとんどが要らない情報なので、紙がもったいないということになったのではなかったかな?
ちなみにその書式は、Accessでデータベースとして自作した。受けた相談の記録などもそのまま転記できるようにして、かなり労力を省いた記憶がある。

久しぶりにデータベースで、業務日誌の書式を作ってみようかな。

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