イオカステ・コンプレックス

この仕事をしていると思うのだが。
年老いた親は、異性の子供を頼りにすることが多い。父親なら娘、母親なら息子を。

息子はとかく介護者としては頼りにならないものだ。仕事があるので仕方がない面もあるが。
そして嫁は、未だに世間的には嫁が面倒を見るのが当然と考えられる傾向があり、そのため義務感は持っていて、最低限のことはこなす。しかし直接の血縁関係がない以上、どうしても親身になりきれない。

結局、主な直接の介護者として奮闘するのは娘である。
ここで要介護者が父親であれば、良好な親子関係が築かれ、傍で見ていても微笑ましいくらいだ。
しかし母親となると、甲斐甲斐しく世話をしているのは娘なのに、当人の口から出るのは息子のことばかりだったりする。中には、娘はうるさいことを言うからと疎まれている場合もあり、その報われなさが可哀想に思えることもある。

私はこの現象を、「イオカステ・コンプレックス」とこっそり呼んでいる。
イオカステはエディプスの母親であり、つまりは「エディプス・コンプレックス」の逆だ。親の視点から見た、子供への愛着である。

エディプス・コンプレックスを、息子はいつまでも持ち続けているものだ。
母親が老いて、たとえ要介護状態になっても、心の中で頼りにしている。 そのため老いて何もできなくなった母親の姿を受け容れられず、身体介護などとてもできない。そして病状の変化に動揺し、亡くなった時には人目も憚らずに涙を流す。

その点娘は、「これからは面倒を見るのは自分の方だ」と、気持ちをしっかり切り替えられるので、良い介護者になる。 前述したように父親には頼りにされ、とても良い関係が築けるが、母親からは可哀想な扱いを受けることも多い。逆に疎まれることさえある。

母親から邪険にされて悲しい思いをされている、介護者である娘さん。あなただけではないのですよ。

これらに当てはまらない、介護に熱心な息子や嫁、介護を放棄する娘、息子を頼りにする父親や娘を頼りにする母親もいるのは当たり前だ。
しかし無意識的な心理傾向として、「イオカステ・コンプレックス」は確かに、老親の心の中に存在しているのではないかと思うのである。

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