叫び続ける

今日も、うちの入居者さんの話。

黄疸が出て総合病院を受診、胆管がんがみつかった。ステントを入れて胆管は通ったものの、がんが進行しており、余命は半年ほどだろうとのこと。

認知症があるため、入院時はナースステーションに直結した病室があてがわれていたという。さらには点滴を抜こうとするなどの行動があり、身体抑制されていたらしい。

入院までは移乗や移動はほぼ自立されていて、退院後もそれほど身体機能は落ちていないのに、自ら何かをしようという意欲はなくなり、「姉ちゃん」「兄ちゃん」と大声で呼び続けるようになった。
ベッドにいる時に大声で呼ばれたので訪室すると、「起こしてください」と言われ、起こして車椅子に移乗していただくと「寝かしてください」と言われる。夜間は、それこそ短いときには10分と経たずに「トイレに行きたい」と言われ、トイレに座っていただいても出ない。
きっと、それらの行動は本当にしたいわけではなく、所在なさを感じているために訴えとなっているのだと思われる。もともとそういうところがあり、出もしない痰をティッシュペーパーに吐き出そうとする行動が頻繁だった。

呼ばれて伺うと、「縛らないでください。悪い人が来て縛るんだ〜」などと言われたこともあった。普段はあらゆることを短時間で忘れるが、病院で抑制された記憶は心に刻まれているのである。

とにかく職員が傍らに行くまでは大声で呼び続ける。うちの施設は疑似ユニット制で、フロアに職員が1名しかいない時間もあり、他の方の介助に入っていればすぐに駆けつけられない場合もある。しかし当然、その方はそんなことにはおかまいなしだ。
呼ばれて伺っても、その要件は「トイレ」「部屋へ連れてって」といったものがほとんどである。そうなると、「以前のように、自分でできることは自分でやろうという意欲を取り戻していただこう」となるのは仕方ない。
その結果、呼ばれると「自分でやってみましょうね!」と声をかけることが多くなった。

余命半年の方に、「自分でやって」と言い続けるのは酷であるかもしれない。しかし現状では、他の入居者さんたちの迷惑になってしまう。先日、私が1階の夜勤をやっていた日も、早朝に食堂で大声を出し続けており(むろん夜勤者は他の方の介助中)、やむなく私は2回ほど、急ぐ必要のない仕事を放りだして2階へ上がった。

食堂でも、他の認知症の方が「うるさいねー」と言われ、認知症のない方に「病院行け!」と怒鳴られる。言われる方は可哀想ではあるが、他の入居者さんたちがそう言いたくなる気持ちも、もちろんわかる。老人ホームに入居しているからと言って、他の方の認知症状に我慢しなければならないということはない。

いずれにしろ、このままでは穏やかに余生を送るのは無理だろう。何とか、大声で叫ぶことがなくなるといいのだが。

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