仰げば尊し

施設や居住系サービス事業所の利用者さんで、学校の先生をされていた方には、元教え子の方が面会に来られることが少なくない。
中には、家族並みの頻度で来てくださる方もいるくらいである。

私は、小中高の担任や部活の顧問などで、今でも会いたいと思える先生は一人もいないし、そもそも特に恩を感じてもいない。
私の方も、教師から好かれてはいなかったと思う。最も教師に嫌われるのは、反抗的でなおかつ成績が良いタイプである。同じ反抗的な生徒でも、いわゆるヤンキーはむしろ可愛がられたりするのだが、これは教師側に、ヤンキーの暴力に対する恐れからくる媚びに似た感情があるためではないかと思っていた。こんなことを内心考えている生徒が、教師の目にかわいく映るわけがない。
恩師と呼べる先生がいないのは、もちろん自分のせいであるが、不幸な環境にあったとも言えるかも……いややっぱり自分の問題だな。

そんなわけなので、元教え子の方が入居者さんのところへ面会に来られると、「ああ、この入居者さんはいい先生だったんだな」と思わずにはいられない。
元教師の方は、エントリ「妄想へのアプローチ」で書いたような傾向があったりと、えてして頑固である。かつてはその性格こそが優れた職能だったということか。

現代の日本は、家族や血縁関係、近所付き合いが弱くなってきているだけでなく、先生と教え子、また同窓生同士の繋がりもなくなってきている。私が高齢者になる頃には、教え子がかつての先生のところへ面会に来るなんていうことはなくなってるんじゃないかな、なんてことを考えた。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中