優しさ

「優しさ」は介護職員にとって重要な資質である。
このことを頭から否定できる者は、相当にひねくれている。しかしいささか曖昧なので、「その『優しさ』とはどういう意味?」と尋ねたくなるのもまた無理からぬことだ。

一般に、「優しさ」は優越感の裏返しだとか、見返りを求める打算的な目論見だとか、また相手がそれを本当に喜んでいるのかを確実に知る手段がない以上、所詮は自己満足だなどと言われることもある。
また、「優しさ」と「甘さ」を履き違えるな、ということもよく言われる。この「甘さ」は他者に対してのこともあれば、自己に対してのこともある。
介護の仕事で言えば、例えば医師からカロリーを制限するよう指導されている方が、好きなものを食べたいと訴えられたとする。介護職員がその方に食べ物を用意してあげることは、一概に優しいとは言えない。本当にその方にとって何が利益となるのか、それを考えずに言われるがままにしてしまうのは、甘いだけで優しいとは言えまい。
また、介護職員が説明して理解を求めるという手順を回避したのであれば、自分に甘いとも言える。

もうひとつ、「優しさ」という仮面を被ることがあるものとして私が挙げたいのは、「小心」である。
気が小さいあまり、些細なトラブルも恐れた結果、己を押し殺してしまう者がいる。これも、傍から見ている者に優しさと勘違いされることがある。

まあ、こういったことはいずれも本当の「優しさ」とは呼べない。「優しさ」という言葉に含有される事象全てを説明することができるわけではないからだ。一面を切り取って分析しているに過ぎない。
結局のところ、「優しさ」とは何なのか。
これを、このブログ最大のテーマの1つである(その割にあまり書いていないが……)マイクロケアの視点から考えてみよう。

「優しさ」とは、受容と共感を経た後に相手の利益を図ることである。
「受容」「共感」「利他」が揃わなければならないのである。詳しく説明しよう。

1.受容
多少なりともケースワークについて学んだことのある方には常識だろうが、これは相手を全面的に肯定せよということではない。言わば、これから私は今のあなたの置かれた状況や感情を主観的に体験しようとしますよ、という宣言である。
これは、あらたまった面接場面では長い時間を要することもあるが、日常の場面では一瞬で終わることもある。つまり、「お願いがあるんだけど」などと声をかけられた時の、表情、声色のちょっとした変化だけであったりする。
よほど気心の知れた仲でない限り、柔和な態度が基本となろう。

例えば家族間や師弟関係などにおいては、厳しい態度の奥に潜む真意こそが優しさとみなされることもある。しかしその場合、受容は隠れているだけである。こうした関係は、維持されていること自体が受容そのものなのだから。
これが認められない関係においては、柔和でない態度は決して優しさを導き得ない。「それは優しさだよ」などというのは口実でしかない。厳しい態度は拒絶に他ならないのである。

2.共感
相手の感情を共有すること。
自分を相手の状況に置き換えてみることで、相手の体験を己のものとして主観的に体験することである。
こう書くと単純だが、実のところそれほど容易ではない。想像力には個人差がある。意識せずともごく自然に行える者もいれば、努力してもできない者もいる。また、そうして主観的に追体験した感情が、実際に相手のものとどの程度一致しているかという問題もある。「それはさぞ頭に来ただろう」と思っても、実際には相手は何とも思っていなかったりするものだ。結局のところ、人は自分を基準にするしかないのである。「自分だったらどうだろうか」と。

そこで、さらに2つの視点を加える。1つは相手の言葉。もう1つは、それまでに得ている情報を元に、「この人の個性を鑑みるに、どう感じていると考えられるか」という推測。これらを突き合わせて、最も強く感じられるものに賭ければよい。
結局、「優しさ」は「正しさ」と必ずしもイコールではない。イコールでなければならないわけでもないのだ。

3.利他
相手の利益を第一に考えること。
ここで利益というのは、必ずしも相手の希望に沿うとは限らない。先の例で言えば、食べ物を出してあげればいいというわけではないのだから。
しかし、それは重視されるべきではある。カロリー制限の必要があるからダメ、で終わりではなく、「週に1回でも医師は認めてくれないだろうか」「運動量を増やしたらどうだろうか」「カロリー0の飴などはどうだろうか」など、妥協策を考える。

「優しさ」を技術として体現する方法をまとめる。
まずは柔和な態度を取ること。第三者に客観的に評価してもらったり、鏡の前で練習しておくのも有効であろう。
次いで、「自分だったらどう感じるか」「相手は何と言っているか」「この人ならどう感じていると考えられるか」を確認する。
そして、何らかの形で相手に利益をもたらす。

どうだろうか。
これで、多少は「優しさ」もケアの技術にできていると言えないだろうか。

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