高齢者の服の好み

ファッションセンスとは何だろうか。

例えば音楽においては、音感やリズム感の個人間での優劣は明らかに存在するし、それは正しい音やリズムからどの程度逸脱するかという視点で客観的に評価し得る。敢えて逸脱することで美しさを表現するフェイクなどという手法もあるし、いわゆる「ヘタウマ」な大物シンガーもいるので、絶対的な指標で全てを語れるわけではないが。

ファッションにおいては、こうした絶対的な指標はない。個人間での感性の優劣は確かに存在する(とみなされている)が、それはあくまで人々が共通認識として集団内で形作ったものをベースにしているに過ぎない。
この共通認識は、そもそもファッションという言葉が「流行」という意味なのだから、時代と、母集団の性格によって変わってくる。ある集団においては好まれるものが、他集団にはさっぱり理解できないということは往々にして起こる。
そういう意味では、ファッションは感覚というよりも知識の領域である。しかし人は皆、己の学習してきたことを基にしていながら、知識を超越した感覚としてファッションを捉えたがる。

つまり、我々が高齢者の着ているものを見てセンスを云々するのは、おそらく間違っている。間違っているとは思うのだが……それにしても何とかならないものかと感じてしまう。

ということで今日の話題は高齢者の服装だが、主には女性である。男性は無頓着な方が非常に多い。おそらくはずっと奥さんの選んだものを着てきたのだろう。

女性の高齢者は、一般に黒や茶などの暗い色を好む。例外は紫で、これだけはかなり彩度が高くても許容される。紫は高級、品の良さをイメージさせるためかもしれない。紫のパーマが、いわゆる「大阪のおばちゃん」というステレオタイプであるように。
柄は、花などの細かな模様が密集したものが好まれる。いわゆる千花模様が多く、「貴婦人と一角獣」(パリのクリュニー美術館にあるタペストリー)かい! と思わず突っ込みたくなるようなブラウスをよく見る。

そして柄物に柄物を重ねることには、特に違和感がないようである。柄物のブラウスに柄物のズボン(ボトムとかパンツとかではなく、ズボン)を合わせていたりする。その上に柄物のスカーフを巻いていたりすると、見ているこちらは目がちかちかするようだ。

これは単純に好き嫌いという話ではないように思う。職員がボーダーやヴィヴィッドな色を着ていると「いい服だね」と褒めることが多いからだ。
しかし自分では好まない。洋服箪笥に若々しい服を見つけると(滅多にあることではないが)、着るようすすめてみるのだが、その場では着てもらえても、後で着替えられてしまってがっかりしたりする。
これは自信の喪失を表しているように思う。要介護状態となったこと、施設に入所していることに関してどこか引け目を感じていて、それが服装の好みにも反映されているということはないだろうか。

まあ、大きなお世話かもしれない。
大切なことは、自分で自分の着るものを選べる生活を、少しでも長く続けてもらうことなのだろう。入浴の準備をしている時など、ついついこちらで適当に選んでしまったりすることもあるが、なるべく選んでもらえるようにしたいものだ。

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