命綱

ナースコールとは何か、という説明は不要だろう。言うまでもなく病院や介護施設に設置された、緊急時そして必要時に職員を呼ぶための設備である。
だが、そういった本来の用途以外に、頻繁にボタンを押す認知症の方は決して珍しくない。そういう方に対して職員が、コールを無視したり、いっそボタンを取り上げてしまいたくなる気持ちはよく分かる。
私もそろそろ10年になる経験の中では、コールを無視したり、利用者さんから取り上げた(正確には、コードをコネクタから抜いて反応しないようにした)ことがある。
譫妄状態で、一時的に一人にしておくしかなかった時だ。こういった状況では、そうするのが良いとかやむを得ないとか言うわけではないが、ではどうすれば良かったのか、その答えは今でも分からない。訴えを傾聴する、それすら叶わない状況があるのだ。

ナースコールを無視したり取り上げたりするのは、それによってしか必要な援助を求められない方から命綱を奪うことだ。それは虐待にさえなり得る。
そして、職員にとっても不利益を招くこともある。

ナースコールを押し続けても誰も来てくれなかったり、そもそも押すことができなかったために、何かを自分でしようとして自分で動いてしまって転倒する、ということも起こり得るし、そこまでの事故にはならなくとも、大声を上げて呼んだり、物音を立てるなどの行動を作り出してしまうこともある。ナースコールを無視したりボタンを取り上げたからといって、呼ぼうという気持ちまでをも奪うことはできないのだ。

うちの施設の入居者さんでお一人、時々ナースコールを手の届かないところに上げられている方がいる。少し前に、用がないのに押すことが続いたためだろう。コールがあったので訪室すると、握りしめたままで眠られていたりしたこともあった。しかし、呼びたいときにはナースコールを押せばよい、という認識は確かにその方の中にあったとも言える。
現在はどうなっているか。大声を上げる(これはずっと以前から続いているが)だけでなく、柵を揺さぶるという行動が現れた。またコールが手の届くところにあったとしても、呼びたいときに押すのではなく、コードの部分を持って柵にカンカンとぶつけ続けられることも多い。
室内にあった赤い紙を火と間違えて慌て、ベッドから転落するという事故もあった。これは何しろ見間違いによってパニックになっていた可能性があるので、ナースコールが手元にあったとしても同じだったかもしれないが。そうであったと思いたい。

昨日も私が夜勤で出勤すると、コードを縛って壁のコネクタのところに掛けられ、ベッドからでは手が届かないようにされていた。

悲しくなった。

いったいどれだけの認知症状が、職員によって作り出されているだろう。
もちろん、私は自分は違う、と思っているわけではない。同じだ。

私はコードを解いて、頭のすぐ脇のベッド柵に結び付けた。そうしたのは、ボタンを押すには支障がなく、かつボタンを柵にぶつけることがしにくいように、である。
そして「用があったらこれで呼んでくださいね。柵にぶつけたり、柵を揺さぶったりするのは近くの部屋の方の迷惑になるのでしないでください」と伝えた。

大した意味はない、のだろうと思う。実際、夜の間にコールで呼ばれることは一度もなかった。「お水」と声を上げられていた際に、ガーゼで口を湿らせてあげただけである。
だがコールを取り上げてしまってそれを良しとするのは、何か一線を越えてしまうことのような気がした。そうすることに対して何も思わなくなれば、次第に入居者さんを人と思わなくなっていってしまうような。

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