バズワード

このブログでは、社会福祉用語について何度か書いてきた(エントリ「社会福祉用語」「自己覚知」など。

だんだん、私がなぜこうした用語があまり好きではないのか分かってきた気がする。

バズワードという言葉がある。これは、主にコンピュータ業界でよく使われていた。一般にどれくらい認知されているのかは知らない。
例えば、最近ではあまり聞かなくなったが、「ユビキタス」。もともとの意味は「偏在する」ということで、身の回りのあらゆるものがコンピュータ技術によってネットワークで結ばれている状態を指す。しかしこの言葉も定義があいまいで、単にどこにいてもネットワークに繋げられること、という程度の意味でしかないこともあれば、文字通り身の回りの全てのものがコンピュータ技術で繋がっている状態という意味のこともある。
結局のところ、「それって凄く便利な生活だよね」という感じはするものの、よくよく突き詰めてみると何だかよく分からない、としか言いようがない。
こういうものがバズワードとされる。一見もっともらしい、専門的な言葉のようでいて、実はそれが何を示しているのかはっきりしない用語だ。

社会福祉用語にも、バズワードが多いように思えるのだ。「ノーマライゼーション」とか「エンパワメント」とか。

それらの言葉が指し示しているとされる内容については文句はない。素晴らしいことだ。
しかし、新しい言葉や概念を生み出したからといって、世界は変わらない。

「ユビキタス」という言葉は何も生まない。我々の生活を実際に変えていくのは、コンピュータの小型化であり、OSの壁を越えたデータの利用方法であり、プライバシー保護やセキュリティ技術である。

福祉の世界だって同じことなのではないか。

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