マニュアルと主体性

またまたCS研修の話。

先日の研修で見たDVDで、いくつかCS活動に取り組んでいる企業が登場した。
面白いと思ったのは、「うちにはマニュアルはない」と公言している企業が多かったことだ。

たぶん、顧客に喜んでもらうことを第一に考えれば、必要なのは各スタッフの主体的な創意工夫であり、そこにはマニュアルなど不要どころか、むしろ作るべきではないと考える経営者が多いということなのだろう。

業務の標準化という面から見れば、マニュアルは必須である。
例えば、私が最初に勤めた老健はISOを取得していたこともあり、あらゆることが手順化されていた。また施設長医師もマニュアル作りを好んだ。
それらのマニュアルが実務において役立つものだったか、そして実際に遵守されていたかはまた別の話である。

次に勤めた社会福祉法人は、理事長がマニュアル嫌いだった。職員一人一人の気配りを何よりも強く要求し、それができる職員だけが重用された。
しかし同時にコンプライアンスが二の次とされ、実際に小さな不正(故意ではなく無知によるもの)が後を絶たなかった。

この両極端な2つの職場で、では顧客満足はどうだったのかというと、前者は低く、後者は高かったと思う。これはもちろん、属していた私も含めてのことだ。
老健では、基本的に「入所させてもらっている」という負い目をご家族さんたちが感じ易かったにもかかわらず、いくつか厳しいクレームがあった。社会福祉法人のデイでは、気に入らなければ他所へ移ることも簡単にできるのに、元気が良くて気持ちがいいというお褒めの言葉を何度もいただいたものだ。

ただこれだけの例をもって、顧客満足とマニュアルとを関連付けるのは強引かもしれない。
しかし。

マニュアルの目的は、まず何よりも業務の標準化である。これは、最高の職員のレベルまで最低の職員のレベルを引き上げようということではない。そんな高い水準にしてしまえば、多くの職員はマニュアル通りに業務を行えなくなってしまう。全員が行えるようにするには、水準を両者の中央値か、そのちょっと上ぐらいにしなければならない。それに、業務において発生しうるあらゆる場面を網羅することはできないので、時に臨機応変な対応を妨げる。
これらの結果、優れた職員にとっては逆に足を引っ張る結果となり、職員の個性をも殺いでしまう。

マニュアルがなければ、業務は標準化されない。優れた職員は自らの個性を最大限に発揮できる。しかし同時に、特定の業務の遂行能力に劣った職員のレベルを上げることはできなくなる。

どちらが絶対的に正しい、ということはないだろう。それぞれの法人が方針を定め、行っていけばいいことだ。
ただ、施設の規模における適不適はあるように思う。エントリ「介護においての家内制手工業と工場制手工業、そして工場制機械工業」でも書いたように。
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