在宅医療と情報共有

新潟市で開かれた、第32回医療情報学連合大会でのシンポジウム「在宅医療における医療介護福祉連携」についてのレポート。

在宅の情報、皆で共有は正しいのか-家族「不要な情報排除してこそ決断できる」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121120-00000005-cbn-sociリンク切れました。

読む限り、医療介護福祉連携も何も、介護は完全に蚊帳の外である。

以下、在宅で自ら看取りを経験した方の報告より。

宮崎氏は、栄養量の記録は終末期の判断について、根拠を残すことが目的であったため、終末期の代理判断にかかわらないケアマネジャーとは、情報を共有しなかったという。
その理由として、もし情報共有の範囲を広げた場合、親切心からさまざまな職種が意見を述べ、不用意な発言が家族の心理的な負担となってしまい、満足のいく決断が妨げられることも考えられたためだとした。
宮崎氏は、臨死期への移行を決めるには、適切な情報が必要と言い、終末期を示す情報があったとしても、埋もれていては価値がないと指摘。多職種間の情報共有において、情報は連携のツールではなく、判断材料である点を忘れてほしくないとした。

中心となるのはあくまでご本人さんとご家族さん。それは当然だ。
だが情報をもとに的確に判断できるご家族さんばかりではない。と言うより、そこまでご家族さんに背負わせるのは無理がある。それに取捨選択に気を取られることは、情報に振り回されてしまうことを意味する。情報は利用するためのもので、全てを委ねるためのものではない。
そもそも「親切心からさまざまな職種が意見を述べ」ている状態は、連携が取れているとは言えない。重要なのは役割分担と、そしておそらくはケアマネジャーを含む介護職の知識向上なのではないか。それにより、終末期の方の生活の質を上げていくことも図りやすくなるはずだ。

他職種間では、情報は紛れもなく連携のツールなのだ。
情報とは何も、この方が例として挙げているような摂取カロリーだけではない。精神状態を推し量るための言動、身体機能、排泄の状態なども含まれるのであり、こうしたことは多くの職種が共有するべきなのだ。取捨選択はその後の課題であって、端から連携を放棄してしまうのでは、他職種が関わる意味などない。

この方が述べているようなことが医療従事者の共通した見解であるとしたら、残念ながら在宅医療は今以上に進んでいかないだろう。

ケアマネジャーや介護職が知識を付けていくことももちろん不可欠だ。
しかし在宅でお亡くなりになる方が少ない現状では、居宅サービスで看取りに関して経験を積むのは難しいのではないかとも思う。
一番は病院での研修かもしれないが、それに次ぐのは施設での経験ではないかと思う。最後の瞬間までを含め、終末期を一部始終、24時間常にみられるのは施設ならではである。

施設で経験を積み、それこそエンゼルケアまで経験した施設介護士が、在宅での医療と介護の連携に羽ばたいていけるようになることを夢見ていたりするのだった。

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