同族嫌悪

ネット上には敵意が渦巻いている。

そしてそれは介護業界も例外ではない。残念なことに。
介護の仕事をしているからといって、人格が高潔な訳ではないのだ。

制度そのものに対して。
介護報酬の低さに対して。
社会的地位の低さに対して。
学者や役人の物言いに対して。
経営者に対して。
上司・同僚に対して。
同業者に対して。

あらゆる敵意を見て取ることができる。

介護業界に限ったことではないが、同業者、趣味を同じくする者など、自分から近い立場にいる者に対する敵意が最も強い。同族嫌悪という言葉があるくらいだ。
例えば、芸能人が年収1,000万円を越えていると聞いても、へえ、さすがだねえと思うくらいだが、介護職で年収400万円を越えているという話を聞いたらどうだろう。胸の奥から苦い感情が湧き上がってこないだろうか。

なぜ自分に近い者ほど敵意を感じやすいのか。答えは簡単だ。その敵意は、嫉妬に他ならないからである。

芸能人に対して嫉妬を感じることは少ない。しかし、自分に近ければ近いほど、「なぜ自分でなくコイツが!?」という思いが頭を過ぎる。
そうして、自分の感じた敵意を正当化するために、その者の粗を探す。自分が苦い思いをしているのは、決して羨ましいからでなく、正当な理由があるのだと自分に言い聞かせるために。

自分より高待遇な者。
自分より知識・技術がある者。
自分より要領良く楽をしている者。
自分より人望が厚かったり、友人が多い者。

多くの人が敵意の対象になりうる。

腹立たしさを覚えた時には、自分の心の奥を覗いて見て欲しい。
そこに嫉妬はないだろうか。

自分より知識も経験もないのに、本質を言い当てている者への嫉妬。
自分がこんなに苦悩しているのに、楽しそうに仕事をしている者への嫉妬。
自分が大切に考えていることに無頓着(例えば言葉遣いが荒っぽいとか)なのに、自分よりも利用者さんたちに愛され、周囲から賞賛を浴びている者への嫉妬。
自分の持論に反している(その場限りの嘘を吐くとか)のに、自分よりも利用者さんを落ち着かせることができる者への嫉妬。

時には仕事と関係なく、幸せな家庭を築いていることだったり、容姿に恵まれていたり、単に自分よりも若いというだけのことでさえ、妬みの対象となる。

私もネットを見ていて、苦い感情に胸を満たされることがある。この業界で、自分より高収入の者を見た時だ。
自分で起業したという方に対しては、そんなことはない。彼らはそれだけのリスクを背負ったのだから。しかし単なる縁故で自らの地位と収入を得ていたり、雇われているだけで私より高収入というのは認めがたいのである。

しかしそれに気づき、自分で認めることができれば、怒りは消えていく。

妬んでも仕方がない。
彼らは偶然という名の神の恩恵を受けたのだ。
私よりも早くから自らの生きる道を定め、歩んできたのだ。
私よりも苦しい境遇で努力を重ねてきたのだ。

彼らの現在の境遇がそれらに見合ったものでないと決めつける権利が、私にあるだろうか?

断言する。
敵意を露にしている者は、ただ一人の例外もなく、妬んでいる。
彼らに必要なのは、相手を言い負かすことではなく、己の内面を見つめることだ。

そうすることで、きっと、自分も成長することができる。

(本日のエントリは、「なぜネット上の“すごい人”に嫉妬するのか(デマこいてんじゃねえ!)」に触発されて書きました。)

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