介助拒否

要介護高齢者では、認知症があってもなくても、介助を嫌がられる方が少なくない。
そしてその傾向は、認知症の方であっても、認知症状よりも生来の性格に大きく影響を受ける。

もちろん、気持ちとしては理解できる。とりわけ排泄や入浴は羞恥心と深く関わる行為なので、できれば一人でしたいと思うのは当然だ。それができないと自ら認めることは、自尊心を傷つけることになる。

では介助を嫌がらない方は自尊心が傷ついていないのかというと、決してそんなことはない。そのベクトルが自己の内面へと向かうのであり、それは抑うつの原因にさえなる。

我々はこうしたことに配慮し介助を行っていくこととなるのだが、実際、介助を嫌がる方の支援は難しい。
もちろん、嫌がられるからといって手伝わないわけにはいかない。例えば、転倒のリスクが高い方が介助や付き添いを嫌がるからと、一人にしておいて転倒された場合には、当然責任を追及される。

通常は、その方が不快感を少しでも感じないようにと心がけ、なるべく自然に見守り、必要最小限の介助を試みる。それでも嫌がられてしまって、ご本人さんのストレスになることは避けられない。そして例えば転倒して骨折、歩くことはおろか立つことさえできなくなったら、辛い思いをするのはご本人さんである。
そう思い、私はとある方に、気持ちを正直に伝えてみたことがある。介助を嫌がり、時には強い言葉で怒ったり、職員を叩いたりされることもある方に。
もちろん、説明や説得は、普通はやってはいけないとされていることだ。

「こうやって、動いたらすぐに職員が飛んでくるというのは、それはあなたにとってはいらいらすることでしょう。お気持ちは分かります。
でも、それはあなたが車椅子を使わないからですよ。あなたが自分で車椅子を使うようになったら、あなたも嫌な思いをすることはなくなります。
それにトイレにしても、あなたは失敗して下着を濡らしたままでいることが多いから、お手伝いに来ているんです。もし放っておいたら、下着もズボンも汚れて、嫌な匂いもするし、病気にもなります。そんなことになってしまわないようにお手伝いしているんですよ。
あなたが、濡れている時には自分で替えることができるか、あるいはその時だけ職員を呼んでくれれば、濡れてもいないときに下着の中を確かめられて嫌な思いをすることもなくなります。
あなたは自分が嫌な思いをする状況を自分で作り出しているんですよ」

と話したのだ。

その方は認知症がかなり進行しており、記名力も理解力も低下、見当識の障害が著しく、異食さえある。私が話した内容を理解し、それを覚えて行動を変容させることができるとは到底思えない。そうである以上、事実を伝える意味などない。その瞬間に、不快な思いをさせるだけで、マイナスの効果しかないかもしれない。
それでも私は話してみた。

返ってきた言葉はこうだった。

「自分でできないのはわかってる。でもこういう性分なんだから仕方ないよ。嫌なものは嫌なんだから」

それは、その方の初めて見る一面だった。

その方はその後、このやり取りについてはむろんすっかり忘れられたようである。職員の介助を受け入れてくださることもあるが、職員を怒鳴りつけることもある。何も変わりはしなかった。

それでも私は、その方が全く現状を理解できないのではなく、自分が一人ではできないということをちゃんと分かっているのだと知ることができた。
これは、アセスメントとして今後に生かしていける可能性がある。

時には、正面からぶつかってみるという方法もあるのではないか。
正論によって従わせようなどとするのではない。その方のことを心配しているという、正直な思いをぶつけてみるのだ。

認知症なのだから、と決め付けて、諦めてしまわないで。

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