法定代理受領サービスに関する同意書

指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(厚生省令第37号)にはこうある。

(法定代理受領サービスを受けるための利用者の同意)
第百八十条  老人福祉法第二十九条第一項に規定する有料老人ホームである指定特定施設において指定特定施設入居者生活介護(利用期間を定めて行うものを除く。以下この条において同じ。)を提供する指定特定施設入居者生活介護事業者は、当該指定特定施設入居者生活介護を法定代理受領サービスとして提供する場合は、利用者の同意がその条件であることを当該利用者に説明し、その意思を確認しなければならない。

これは、指定地域密着型サービスの事業の人員、設備及び運営に関する基準(厚生労働省令第34号)第百十五条にも同様の規定があるため、地域密着型特定施設も同様である。
これらにより、特定施設は「法定代理受領サービスに関する同意書」を市町村(審査・支払いを国保連に委託している場合には国保連)に提出しなければならないこととされている。

この同意書を提出していないとどうなるか。
法定代理受領サービスと認められない=償還払いになる、ということで、レセプトを出しても返戻になってしまうはずだ。実際にそういう例を経験していないので確実ではないが。

介護保険サービスは全てが法定代理受領サービスとなっている中、この同意書を提出しなければならないのは特定施設のみである。ほぼ似たような位置付けになっている認知症対応型共同生活介護(グループホーム)にもこの定めはない。
また、「有料老人ホームである指定特定施設」に限られている点も気になる。つまり、ケアハウスならば同意は不要なのだ。

これは何故なのだろう?
と回答はもちろん、何の仮説もないままに今日のエントリは終了するのであった……

広告

不穏

「不穏」という言葉がある。
医療・介護の現場でよく使われている言葉であるが、広辞苑第五版にも

おだやかでないこと。険悪。『―な空気』

とあるので、専門用語というわけではないだろう。ただ、一般に使われる場合には、ひとりの人の状態を表すのではなく、複数の人たちの間の感情や雰囲気を表すことが多いようだ。

どうも私はこの言葉が嫌いである。自分ではまず使わないし、ケアプラン原案やご家族さんへの報告書など、私の責任において作成されている文書に他の職員がこの言葉を使っているのを見つけると、必ず別の言葉に置き換えてしまう。

理由は、「不穏」という言葉の持つ曖昧さにある。
大声を出しているのか。
ブツブツと呟いているのか。
うろうろと歩き回っているのか。
伝わるのは、「穏やかではなかった」ということだけだ。

こうした様々な状態を一括りにして「不穏」と呼ぶことは、介護が行うべき個別化とは逆の思考プロセスによって行われる。
類型化は医療に任せておけばよい。我々はあくまで疾患ではなく、個人を見る。「不穏」などという一言で片付けるのではなく、その言動を詳しく描写し、原因や対応を考えなければならない。

ところで、似たような(?)言葉に「せん妄」というものがある。
これもやはり広辞苑第五版に

錯覚や幻覚が多く、軽度の意識障害を伴う状態。アルコールやモルヒネの中毒、脳の疾患、高熱状態、全身衰弱、老齢などに見られる。せんぼう。

とあるものの、内容からみて医学用語と言っても良いだろう。

「病院の言葉」を分かりやすくする提案の「せん妄」の項にはこうある。

病気や入院による環境の変化などで脳がうまく働かなくなり,興奮して,話す言葉やふるまいに一時的に混乱が見られる状態です。人の区別が付かなかったり,ないものが見えたり,ない音が聞こえたりすることがあります。また,ぼんやりしているかと思うと急に感情を高ぶらせることもあります

ポイントは、意識障害があり、錯覚や幻覚を伴うということか。私の中では、興奮しているというイメージがあったが、それは必須条件ではないのかもしれない。
いずれにしろ状態像としては、「不穏」よりも「せん妄」の方がはるかに狭い。だから、「せん妄」と書かれていても、イメージはできないことはないのだが、これはご家族さんたちにとっては馴染みのある言葉とは言えないだろう。だから、やはりこれも使わないようにしているのだった。

ところでもう一つ、意識障害といえば。
介護の現場では「単にうとうとしている」という意味で「傾眠」という言葉が使われているが、これは誤用であるように思えてならない。本来は意識障害を表す言葉ではないのか。声をかけるなどすれば覚醒するものの、すぐにまた眠ったようになる状態。

真のプロフェッショナルは、一般人にも分かる言葉によって、自らの専門性を示すことができるものだ。
そう、かのスティーブ・ジョブズのように。

それができないのは、自分では分かっているつもりでいても、分かっていないからである。

介護過程の展開

介護技術講習で、「介護過程の展開」という課題がある。いわば擬似ケアプランである。

受講生は事例を一つ用意し、簡単なアセスメントをして情報を分析、ニーズを抽出して援助内容を導き出す。
それを元にグループワークを行うわけだが……まあこれが見事にグループワークにならなかった。そもそも皆、所定の様式に沿った記述ができていないのだから話にならない。

最大の原因は、このアセスメントがICFを元にしているので、受講生には理解しにくいということにあるだろう。
また、それぞれの事例では既にケアプランも実際に行われている援助も存在するだろうから、どうしてもそれに引きずられる。つまりアセスメントからニーズ把握、目標を立ててそのための援助を決めるという通常のプロセスの逆を行うことになるので、辻褄を合わせているうちに、作業の本筋が見えなくなるのだ。

その結果、グループワークは講師が一人一人に対して、「ここにはこういうことを書く……」という指導とチェックで終わってしまった。
グループワークになっていない。

皆、ケアの根拠を考えるのに慣れていないようだ。現在の身体状況について、そうなっている原因や予後予測がまったくないまま、先に援助がある。
3年の経験を経て介護福祉士資格を取ろうとしている者たちがこうなのだから……資格が何も保障していないとか言われるわけだと思った。

いや、そもそもそれは無理なのかもしれない。これが簡単にできるようだったら、そもそもケアマネの実務研修も不要になる。

それにしても、これでは意味がなさ過ぎる。時間の無駄遣いだ。
いっそ、事例を自事業所から選んでくるのではなく、山田さんや鈴木さんの基本情報を出しておいて、それに対して援助を考えさせる方が良いのではないか?

それにしても、うちの職員も何人か、介護技術講習を私に先立って受けている。普段ケアプランチームのメンバーとしてケアプランを考えている者たちは、この程度の課題は苦労せずにちゃんと書けただろうな?
それが気になるのだった。

(参考エントリ:介護過程の課題についての簡単な説明 / 介護過程って何?

薬に頼る

昨日のエントリの続き。

まあそんな感じで、うちの施設も、残念ながら「認知症の行動・心理症状には薬物療法を」という考え方に安易に流れやすい。
が、それだけではなく、施設生活における不適応行動を、全て認知症による行動・心理症状とみなして薬物療法に頼ろうとすることさえあるようだ。

先日、うちの職員が、ある方について「先生に気持ちを鎮めるような薬を出してもらうわけにはいかないでしょうか。認知症も進んでいるようですし」と言ってきた。

その方は女性で要介護1。自分の身体についての心配が強く、毎日の血圧測定で値がいつもと少しでも違うと不安になる。頭がピリピリすると訴え、自己管理しているカロナール細粒20%を日に何袋も飲んでいる。そのくせ、何か気になる症状があったときに専門医を受診して正しい診断を受けるのは怖く、受診ができない。
失禁があるが職員の介助を拒み、また入浴時に着ていたものを洗濯に出すのも嫌がられる。他入居者さんをつかまえては不平不満を延々と繰り返すことが多く、周りの方々に辟易されている。

その方のニーズは、私の見るところ2つだけである。
1つは、自分が周りの人たちに心配され、大事にされていると感じられること。
もう1つは、自分の話を聞いてもらえること。

それだけではあるのだが、ではそれを満足させてあげられるよう、職員がゆっくり話を聴ける時間が持てるかというと、なかなか厳しい。それはわかる。もっとも、厳しいながらも努力しているのだなと感じられるかというと、そんなことは全くないのだが。

だいたい、その職員に言わせると「認知症が強くなってきた」らしいが、そもそもその方には認知症などない。
認知症とは、アメリカ精神医学会のDSM-IVにしろ、世界保健機構のICD-10にしろ、記憶障害が必須要件である。その方には記憶障害がないのだから、施設生活において問題となっている行動は全て認知症によるものではない。
では精神症状かというと、幾分心気症や被害妄想気味であると思うが、薬物治療が必要なほどではないだろう。現状では、単なる老化に伴う性格の先鋭化である。

なのに、職員が手を焼いていることの原因を全て認知症に求め、薬に頼ろうとする。
それはもはや医療ではなく、薬による人格改造である。

私にこう言ってきた職員は、決して介護の経験が浅いわけではない。5年以上はある。

現在のうちのケアが、安易に薬に頼ろうとする雰囲気があるということなのだろう。
哀しかった。

認知症の周辺症状に対する薬物療法

このブログでは、介護に直接関係しない政治や社会問題については採り上げないことにしている。
また、介護に関しても、事件や事故の報道については、固有名詞を上げてその内容を云々することはしない。報道される内容はえてして一方からの視点に偏ったものであり、見方を変えれば全く違った姿を見せるということが往々にしてあるからだ。

さて、数日前に、とあるグループホームが入所者に多量の精神安定剤を服用させ、保険者より指導を受けていたという報道がなされた。
その事件そのものに関してはここでは何も述べないが、認知症と抗精神薬については、なかなか難しい問題をはらんでいるので、それについて書いてみたい。

認知症状は中核症状と行動・心理症状(最近は周辺症状という言い方より、こちらの方が一般的)とに分けて考えるのが一般的である。
中核症状は記憶障害、見当識障害、理解・判断力の障害など脳の神経細胞が減少することによって直接起こるものとされ、行動・心理症状は性格、環境、人間関係などさまざまな要因がからみ合って起こる、うつ状態や妄想のような精神症状や、日常生活への適応困難とされている。
(参考:厚生労働省のサイト。)

つまり、脳の器質的な病変によるものを中核症状、そうでないものを行動・心理症状としているわけだが、両者の区分は厳密にはいかない。例えばうつ状態が現れているとして、それが脳の病変によるものなのかそうでないのかを判断することは、不可能ではないかもしれないが容易くはない。
そして精神症状があるのなら、それに対しての薬物治療は必要かつ適切な医療であり得る。しかしそうでないのなら、薬物治療はすべきではない。どこからが薬物治療が望ましい状態なのか、その答えはない。

うちの施設に入居されている方は現在28名。そのうち、抗精神薬を服用されている方は8名である。といっても、うち1名は抑肝散なのだが……まあその使われ方が抗精神薬に近い、ということで含めてある。
ここで自分のためにも改めて整理してみよう。

Aさん:セレネース
認知症。介護抵抗や感情失禁がある。内科の主治医よりの処方だが、いつ、どのような経緯で開始されたのか不詳。

Bさん:グラマリール
認知症。難聴があり声が非常に大きい。夜間眠れずに大きな声で職員を呼ばれ、周りのお部屋の方々の迷惑となっていたため、管理者が内科の主治医に眠剤をと相談したところ処方された。以後はそうした行為も消失。そろそろ中止してもよいかもしれない。

Cさん:パキシル(エントリ「パーキンソン病とレビー小体型認知症」など)
パーキンソン病と診断されている方。いつ、どのような経緯で処方されたのか不詳。
メネシットでドーパミンを増やし、パキシルでセロトニンも増やす……

Dさん:リスペリドン(エントリ「激しく陽気な興奮状態」)
うつ状態にあるが、時折陽気な興奮状態が現れていた方。そうした躁状態はなくなったが、うつ状態は変わりないように見える。

Eさん:リフレックス+セロクエル(エントリ「精神疾患のみによって要介護状態となった方」など)
強迫性障害。精神科病院からの入居で、薬は少しずつだが確実に減ってきている。確認行動も減り、笑顔も多く見られるようになった。

Eさん:リフレックス+レモナミン
認知症。在宅で暴言や暴力などがあり、精神科病院入院を経て、7月に入居された。内科の主治医により入院時の処方が継続。現在は非常に落ち着いている。

Fさん:セロクエル
認知症。「帰る」と玄関から出て行こうとされ、介護抵抗もあり。転倒リスクが高いが車椅子を使わずに歩こうとされることも多く、メンタルクリニックを受診し処方された。日中のこれらの行動にさしたる変化はないが、少なくとも確実に夜間はよく眠られるようになった。
ただ、肥満傾向が著しいのが問題。

Gさん:抑肝散
物盗られ妄想が強く、内科の主治医より処方された。この効果かどうかは不明だが、強く興奮されることはほとんどなくなった。

こんなところだ。
これらの薬が入居後に処方されたのは4名。Bさんは、興奮を抑えようとして出してもらったのではないし、Dさんは躁状態になった時の普段からの変わりようが尋常ではなかったので、身の安全のためにも、薬物療法は必要だったと思う。
ただ、FさんとGさんに関しては、どうしても必要かと問われると、私としては首を傾げざるを得ない。当時の施設看護師による主治医への相談の結果であり、施設ケアマネの私としては、そこまで強く反対すべきことでもないと考えたのだった。
本来なら、特にFさんは、もっと介護の部分でできることがあるはずだ。ただ、それにはケアマネがあれこれ指示するだけではダメで、現場レベルでの自主的な試みが必要だと考えていた。そのために信頼できる介護職員と協働していくつもりだったのだが、気が付けば現場は新人ばかり……

まだ少し言いたいことがあるので、明日に続く(かも)。