「認知症」を「認知」と略す

ネットで、「『認知症』を『認知』と略すのは良くない」という意見をたびたび目にする。
「認知」は単独で意味を持つ言葉なので、略すことで意味が不正確になること、認知症の方への軽視・蔑視にも繋がりかねないと言うのがその理由である。

私も略すべきではないという意見には賛同するし、実際に「認知」と略したことは一度もない。

しかし、気になるのが、略し方を敢えて「ニンチ」とカタカナで書き、しかもその言葉が発せられるシチュエーションにわざわざ差別的な意味を込めて、略すのは良くないと強く主張する人がよくいることだ。

「認知」と略しているからといって、必ずしもその背景に軽視・蔑視があるわけではない。多くの人は、他人に合わせて使っているだけである。もちろん思慮が足りないと言えばその通りだが、それは指摘すれば済むことだ。
「認知症」ときちんと言っていても差別的な発言をする人はいるし、逆に「認知」と略していても温かみが感じられることもある。

それをことさら「ニンチ」と書くのは、そういう略し方をしている人を見下し、一様に職業人として失格であると言わんばかりで、「認知」と略している当の人よりももっと高慢であると思う。

行動変容を促したい、つまり「認知」という略し方を止めさせるには、その理由を冷静に語るだけで良い。
つまり、「実際に認知症の方を介護されている方で、不快感を感じておられる方がいらっしゃいますから、使うのはやめましょう」と言えば、大抵の人は納得するだろう。

職業人としての姿勢を問うのは、それでも納得せずに使い続ける人に対してだけで充分ではないか。


2011.09.08追記:
エントリ「『認知症』ではない、別の言葉の略としての『認知』」も併せてご覧ください。

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我々が認知症の方に与える印象

もし、あなたが。
記憶をなくした状態で、大勢の人たちの中に放り込まれたとする。
単に知らない人たちの中に、というのではないことに注意。あなたはここがどこかもわからないのだ。

そのうちの何人かが、あなたに話しかけてくる。
ある人は丁寧語で、そしてある人は丁寧語でない言葉で。

笑顔の人も、そうでない人もいる。
声の大きい人も、小さい人も。
早口の人も、ゆっくりと話す人も。

あなたはその人たちに対して、どう思うだろうか。

(この人は優しそうだし言葉も丁寧だから安心していいだろう)
(この、丁寧な言葉で笑顔で話しかけてくる人は、私が何もわからないと思って、騙そうとしているのかもしれない。言うことを聞かないようにしよう)
(この馴れ馴れしい人は誰? 失礼だな)
(この人のくだけた物言いは、私を前からよく知っているに違いない。誰だか思い出せないけど、悪い印象はないから言うことを聞いても大丈夫だろう)

全て、あり得る可能性である。どの反応に近いものになるかは、相手の表情や声、あなたの気分、その他様々な要素の絡み合いなので、どれと一概には言えないだろう。

ここまでの「あなた」を、認知症の方に置き換えてみる。
認知症の方であれば、この中のどれか一つに限った反応が生じる、と言い切れるだろうか?

人が人に与える印象というものは、そんなに単純なものではない。

「認知症の方はこう感じるものだ」と決め付けてしまうのは楽だが、それをせず、自分は他人からどう見えているか、その方に合わせる努力をしているか、それを問い続けていくことが援助者には必要だと思っている。

個人情報保護と情報の共有

介護の仕事は、個人情報を多く扱う。
そのため、自宅へ仕事を持ち帰るのは難しい。ノートPCやストレージで個人情報を含むデータを持ち歩き、万一それが盗難に逢ったり紛失したりすれば個人情報の漏洩についての配慮が欠けていたとして責任を問われる。新聞沙汰にもなりかねない。

まあ、そもそも自宅に仕事を持ち帰ること自体好ましいことではないのだが、職場でサービス残業として黙々とPCに向かっているよりは、できるなら自宅でやりたいと考えるくらい許して欲しいと思うわけだ。

そして。
今は、インターネット上にデータを保管して、職場や自宅からデータにアクセスすることができる。いわゆるクラウドサービスというものである。

仕事のファイルをクラウド上に置いておき、職場、自宅それぞれでそのファイルを開いて編集すれば、個人情報漏洩のリスクを回避できるのではないだろうか?

クラウドは一度使うと、もう便利過ぎて、なしではいられなくなる。PCだけでなくスマートフォンなどからもアクセスでき、WordやExcelのファイルであれば簡単な編集もできるので、書類仕事がどこでもできるようになる。

さらに、ケアマネジメントでもこれを利用できないだろうか。

つまり、利用者さんそれぞれにクラウド上にディレクトリを設け、ケアプランや支援経過、そしてサービス毎の個別援助計画書とサービス提供記録、主治医意見書や処方内容等を置き、ケアマネや担当者が随時そこへアクセスしてチーム内での情報共有を図ると共に、連絡や指示を行うのである。

しかし、こうなるともはや全てが個人情報なので、万一漏れればおおごとである。
技術的には現在でも既に実現可能だが、それを使う側の意識の問題もあるので、まあ、あと20年くらいは実用は無理かなあ……

セクハラする方はお断り?

昨日のエントリの続き。入居者さんの性的な行動障害について。

中には、「そうしたセクハラの多くは認知症状とは違うのだから、利用はお断りしよう」と考える施設職員もいる。
まあ、かつての私のことでもある。

そういう人に言いたい。
あなたはそんなに認知症にお詳しいんですか。何をわかったつもりになっているんですかと。

もちろん、どんな場合でも職員は利用者さんのセクハラに耐えなければならない、と言うつもりはない。場合によっては利用を断らざるを得ないことだってあるだろう。

しかし、それは施設としてできる限りのことをしたうえでなければならないはずだ。
例えば男性の利用者さんが女性職員に対して執拗に触りたがるというのであれば、男性職員による直接介助を徹底するなど。それを考慮して勤務シフトを組むくらいのことは当然行われるべきだと思う。

男性職員の数が少なく、常に一人は勤務しているというシフトが組めなかったり、そもそも夜間は施設内に夜勤者が一人だけになってしまい、誰の手を借りることもできないなどという状況でない限り、利用のお断りなど考えるべきではない。

施設は退所してもらえばそれでいいかもしれない。しかしそれでは、その方はどこへ行けばいいのか?

性的な行動障害を精神疾患として、精神科に入院させてもらう?
認知症状とは違うのだから、ご家族さんにはそういう身内を持った不幸を諦めてもらい、何としても在宅介護をしてもらう?

どちらも適切な形とは思えない。

ご家族さんにしにくい話

このブログで何度か触れているが、うちの施設では月に一度、入居者さんの最近のご様子やケアプランの実施状況をまとめ、ご家族さんにお送りしている。
また電話をかけたり、面会時などにも、報告や相談をさせていただくことがあるのももちろんだ。

そこでは、基本的に隠しごとはしない。施設の過失も包み隠さずに全てお話ししてお詫びするし、認知症状も、言葉を選びはするが、そのままお話しする。暴言や暴力なども、である。

だが例外が一つだけある。性的な行動についてだ。

ご家族さんにとって、最も受け入れ難い行動障害が、性的な行動のようだ。
これは、もし自分が家族だったらと考えてみると、確かにそうだろうと思う。祖父が女性職員をことあるごとに触るとか、祖母が男性職員の手を握ってベッドに引っ張り込もうとしたなどと聞くのは切ないだろうな、と。

もちろん、多くの方の場合、こうした行動は生来の人格によるものではなく、認知症のため、もしくは薬の副作用によるものである。
前頭側頭型認知症の症状には性欲亢進があるし、また、エントリ「ドーパミンと性衝動」で書いたように、パーキンソン病治療薬の副作用にも性欲亢進が挙げられている。

これらにそのままあてはまる方はそう多くないかもしれない。
しかし、性的行動障害が脳の器質的損傷や神経伝達物質の分泌異常に対する薬物治療によって起こるということは、その他の型の認知症でも同じように起こり得ると考えるべきだろう。つまり、脳血管障害によって脳の特定の部位が損傷したり、アルツハイマー型の方であっても前頭や側頭部が萎縮して、現れることがあるのではないだろうか。

性的行動障害だって、その他の症状と何も変わらないはずである。特別扱いせず、普通にご家族さんに話すべきなのかもしれない。

それでも、できないのだった。

もちろん、月一回の報告書には書かないにしても、日々の記録には克明に書かれているので、もしご家族さんから記録を見たいという要望があれば、当然それもご家族さんの目に留まることとなる。
しかしそういう方のご家族さんは、日々の記録まで見せてくださいとは言われない。おそらく、詳しくは知らないにせよ、読んで良い気持ちのしないことが書かれていると、うすうす想像されているのだろうと思う。

性的な行動障害は、ご家族さんだけでなく、施設の側も特別視しがちである。
その辺りについては、また日を改めて。