闘う介護、覚悟の現場

昨日は「介護プロフェッショナルのキャリア段位制度」について書いたが、今日はNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」の話。

6/25に放送された「闘う介護、覚悟の現場 介護福祉士・和田行男」、録画しておいたのをようやく観た。

やはり私は、実践している人に感銘を覚える。
この「実践」とは、あくまで自分自身が現場に身を投じているということ。それをしていない者が、自らの運営する事業所の職員に指導して、事業所として行っていることではない。
この理由は、だいぶ前のエントリ「人を動かす」にも書いたが、指導者はまず自らがやって見せなければ、人を動かすことはできないと思っているからだ。どれだけ立派な持論があっても、それを自らが体現することができなければ人はついてこない。

もちろん、言葉だけでも他人に影響を与えることはできる。特に、自らが悩んでいる時に、その悩みを一刀両断してくれるような言葉に出会うと、人はたやすくそれを受け入れる。そうした「迷える子羊」に道を指し示すことも、決して意味のないことではない。
しかしそれは、決して大きなムーブメントになることはない。あくまで一時のものでしかない。

そういえば、ターミナルケアを「実践している」施設の管理者が、死後の処置で使うエンゼルバンド(口が開いたまま硬直しないように顎を固定したり、手を胸の前で組み合わせるために使用する)の存在を知らず、驚いたことがある。現場の職員に任せきりでろくに訪室もしないのが伺えるというものだ。

和田さんの話に戻ろう。

認知症の方でも、人として普通に生きていけるよう、買い物や調理、掃除などできることは自分でやっていただくという方針は素晴らしい。海への外出さえ車を使わずに公共交通機関を使うのには感動さえ覚えた。

もちろん、人によっては調理が好きではなく、歳を取ってまで家事をやらなければならないことに苦痛を感じる方もいるだろう。ではそういう方には好きなことをして過ごしていただこうとすると、今度は周りの方から「あの人は何にもしないで」と言われることもある。これが難しいところで、いったいこうした問題に対してどのように対処しているのだろうかと思った。

玄関に鍵をかけないのはもちろん良いことだ。番組内では触れられていなかったが、NHKの番組サイトによると、出て行かれると感知するようなセンサーはつけられているようである。それでも100%の対策とはなりえないのは確か。
これはもう自分でできることは可能な限りやってもらうのと同じで、人として自由であることは同時にリスクも自ら背負っていくということでもある。これまでのケアは、リスク管理に重点が置かれていた。だが、自由よりも管理された安全な生活を望む人がどれだけいるだろうか。

本当なら、若いうちから家族でそうした問題について確認しあっておけば良いのだろうが、今からではもう無理、ということもあろう。ご本人さんとご家族さん、そして介護従事者が充分に話し合わなければならない理由はそこにある。

和田さんによると、プロフェッショナルとは

「自問自答していく人。
自分の行っていることややっていることに問題を感じて、正解まではいかなくても、答えを出していくというか、それを続けられる人がプロフェッショナルかな。」

とのこと。

確かに、自分のやっていることが正しいのかどうかに向き合うという作業を延々と繰り返していくのは辛いことだ。

介護に限らず、プロフェッショナルであり続けることは難しい。

ちなみに再放送は7月13日(金)午前1時40分から。見逃した方は是非。

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