パーキンソン病患者のウェアラブルモニタリングシステム

パーキンソン病の症状には日内変動があると言われる。
確かに、これはパーキンソン病の方を介護した経験のある人であれば実感できるだろう。

例えば、以前うちの施設におられた方で、普段はほぼ自立されているが、早朝から午前中にかけて身体の動きが悪く、歩こうとしても足が全く出ないという方がいた。

こうした時、慣れた職員であれば、自分の足を相手のつま先に当て「私の足の上を飛び越す感じで歩き出してみてください」ときっかけを与えたり、「1、2、1、2」とリズムを取ったりすることで歩いていただくことができるものであるが、新人などはなかなかそうした工夫ができずに、車椅子に乗っていただくことしかできなかったりもする。
また前方への移動を促すにしても、後ろから押すのと、前から引くのとでは大違いである。後ろから押すのでは、支える人がいない方向への移動を強いることになるので、恐怖から足がいっそうすくんでしまいやすいが、前から引けば、移動する(=重心をかける)方向に職員がいるので、安心してもらいやすいためではないかと思う。しかしこれはあくまで私の経験則であり、専門職に指導されたわけではないので、もしかすると間違っているかもしれないが。

いずれにしろ、足の運びが非常に悪くなったり、時には一歩も出なくなって、同じ姿勢で固まり動けなくなっているところなどもお見かけすることがある。こうした時には、上述したような工夫で歩いてもらうことはできるものの、症状そのものをその場でどうこうすることはできない。
介護者が傍にいればいいが、いなければ何もできずにただ固まっている、ということになりかねない。そのために入院や入所生活を選択される方も少なくないだろうと思う。

パーキンソン病は脳の神経細胞の変性による神経伝達物質の分泌異常から起こるので、薬によって神経伝達物質の量や働きをコントロールするのが主な治療となる。実際、薬を飲み始めて数年は、病気であることが周囲の人にはわからないくらいに良い状態を保つこともできる。しかしやがてはその状態が崩れ、薬の効き目が切れる時間ができてしまう、いわゆるオン/オフやウェアリング・オフと呼ばれる現象が現れるようになる。
こうなると、日内変動と言っても、それはもともとの症状が強く現れているのか、薬の効き目が現れていない時間ができているのか、その両者の区別は難しい。しかしいずれにせよ、理想は薬物療法によって日内変動をなくすことではあるはずだ。

そのために、ウェアラブルモニタリングシステムという新しい技術がスペインで開発されている(参照)。

これは生体適合性のある(身体に炎症反応や免疫反応を起こしたりしない、つまり悪影響を与えない)素材でできたベルトによって腰に付ける携帯電話ほどの大きさの装置と、振戦を感知するブレスレットからなる。
これらの機器のセンサーが振戦や歩行障害を検出し、オン=オフや症状の日内変動といった情報をモバイルデータ通信でデータサーバに送信するとともに、必要な時には薬品を皮下注射することもできるという。

現在、アイルランド、スペイン、イタリア、イスラエルで、在宅のパーキンソン病患者で技術開発に協力してくれる方を募っているところのようだ。

まるでちょっと前のSF小説のような技術である。
この技術が実用化されれば、薬物によるパーキンソン病の症状コントロールはやりやすくなるだろう。それに、皆が一定レベルのパーキンソン病治療を受けられるようにもなる。
結果、在宅で暮らせる人が増えるのではないか。
それに施設に入所されている方でも、生活の質を上げるための活動がしやすくなるだろう。

この技術の進歩には、大いに期待したい。

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サービス付き高齢者向け住宅の選び方

サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)、そしていわゆる住宅型有料老人ホームを選ぶために、ご高齢者やご家族さんが確認しておいた方が良いと思うことを書いてみる。
ただし、一時金の保全措置を取っているかというようなことは、解説している本やサイトがいくらでもあるので、ここでは触れない。
また、生活の場所としてある程度以上長くいられるところを探している方を想定して書いているので、たとえ一時的な入居でもいいとお考えの方の参考にはならない部分もあるので、注意されたし。

1. ケアマネは他の事業所でも良いか
つまり入居後に居宅サービス計画を作成する介護支援専門員が、併設事業所でなく、全く別の事業所に所属していても構わないのかどうかということ。
エントリ「団塊の世代に受ける物件」でも書いたが、外部の事業所のケアマネではダメと言うのは、自分たちに都合の良いようにプランを組みますよと宣言しているのに等しい。
必要のないサービスを組まれたり、逆に必要な随時対応をしてもらえなかったりすることになるのは目に見えている。

まあそうは言っても、併設事業所のケアマネの方が何かと便宜を図りやすいのは確か。なので、どうしても外部のケアマネの方が良いと言うつもりはない。
しかし確認しておくことは重要であろう。ケアマネを替えたいと思ってもそれができないというのは、決して好ましい状態であるとは言えない。

2. 訪問介護(ヘルパー)、通所介護(デイサービス)は他の事業所を使っても良いか
実のところ、これらのサービスで、「どうしてもこの事業所でないと」と思えるほど個性的な事業所はそう多くない。なので拘る必要はさほどないとは思うが、こうした面での自由度は、いろいろと影響してくるものだ。
それに、外部の事業者に自施設を見られても構わないと考えているということは、それだけ自分たちのサービスに自信を持っているということでもある。なので、他事業所に対してオープンなことは歓迎すべきである。

3. 必要な介護サービスが、区分支給限度額内に収まらなくなったらどうするのか
たとえ定期巡回・随時対応型訪問介護看護サービスを導入しており(現時点ではまだほとんどないようだが)、定額制を謳っているとしても、この点は確認しておくべきである。この先、制度がどう変わるかは誰にもわからないのだ。
この質問に、「限度額を超えた分はすべて自費になります」と答えられた場合、やがて介護量が増えた時には、必要な介護を受けられなくなるか、あるいは一ヶ月に介護のみにかかる費用だけで30万円などということになるか、退所するか、そのいずれかを選ぶことになると覚悟しなければならない。
サ高住の中には、管理費というような名目で、「限度額を超えた分についてはこの費用の中で対応します。ですので、限度額を超えた分をいただくことはありません」としている事業所もある。現在のところ、これが唯一の良心的な対応と言えると思う。

4. ターミナルケアの実績はあるか
よく見学者や入居申込者の方から、「重度の寝たきりになっても入居していられますか」というような質問を受ける。それは暮らしていく上での安心につながるので、絶対に確認しておくべきだ。
しかし、それに対しての「介護度が高くなって日常生活全般で介護が必要になっても、それを理由に退所していただくことはありません」という言葉に安心してはいけない。そんなのは当たり前だからだ。
問題は、重度になれば痰の吸引や経管栄養、導尿カテーテル、酸素療法などの医療行為も必要になるケースが多いということ。そうなると、ご本人さんやご家族さんが積極的な治療を望むか否かに関わらず入院となり、その施設には二度と戻れないということになりやすい。
どの程度医療行為が必要になっても入所していられるかを推し量るのには、ターミナルケアの実績を問うのが一番である。ターミナルケアを行っていないということは、施設で最期の時を迎えることはまずできないので、いずれかの段階で病院に移り、最期の時も病院で迎えることを覚悟しなければならない。逆に行っているということは、積極的な治療を望まないのであれば、最期までそこで過ごせる可能性が高いということでもある。

もっとも、実際には、クリニック併設でもない限り、ターミナルケアを行っているサ高住はないと思う。人員配置基準に看護師が含まれていないので、本体施設には看護師がいないところが多い。こうなると、いくら訪問看護サービスを入れてもできることには限界があるためだ。
もちろん、それでもいいと思うのなら、この点を考慮する必要はない。例えば、どんな状態になっても生命の維持や治療を最優先すると決めているのなら、いずれは入院するしか選択肢がなくなる。

5. 入居されている方々は、デイサービスの予定がない日の日中はどのように過ごしているか
自立度の高い方であれば、お部屋で好きなことをして過ごすか、共有スペースに出てきて他の方とおしゃべり、という過ごし方でも良いと思う。しかし介護度が高くなってくると、サ高住が独自のサービス、簡単な体操やレクレーションなどを提供していなければ、デイのない日は日中はほぼ寝たきりになってしまう。
中には、サ高住でもデイに負けないくらいの活動を提供しているところもある。手芸やおやつ作りを積極的に行うなど。私がやっていたところもそうだった。
もちろんそこでレクの材料費などの実費以外に、サービス料金がかかってくるようでは意味がないので注意。

6. 日々の様子をどのように伝えてもらえるのか
病状の変化や事故などは逐一報告するのが当然なので、してくれない施設はないだろう。しかしそれでも、その後どうなったのかという経過となると、なかなか家族には把握しにくいものである。
こうしたことも、月に一度ご様子を文書にまとめて伝えるなどの配慮をしているかどうかで、ご家族さんの安心度は大きく変わってくる。

とまあ、ぱっと思いついたものではこんなところだろうか。

入居者さんの目が厳しくなることで、入居者さんが安心して住めるサ高住が増えることを、心から願ってやまない。

激しく陽気な興奮状態

とある女性の入居者さんの話。

付いている診断名は、両変形性膝関節症と骨粗鬆症のみ。
既往歴は、わかっているところで、大腸癌(H12)、左上腕骨骨折(H17)、第3腰椎圧迫骨折(H20)、肺炎(H21)、胸椎圧迫骨折(H22)、脱水症・栄養障害・腸管蠕動不全・廃用症候群(H23)というところ。

その方は一昨年、胸椎圧迫骨折で入院されるまで、歩行器で歩かれていた。しかし足腰や頭の痛みを訴え、部屋にこもりがちになっており、食事も部屋で食べられることが多かった。
診断名こそついていなかったが、私は老人性のうつ病ではないかと考えていた。

認知症は診断名としては付いていないが、入居時の主治医の診断書には「認知症あり(軽度)」となっていた。しかし何しろ普段は口数が少なく、話しかけても「そうだね」といった程度の返答ばかりなので、程度が推測しにくい。HDS-R(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)も、協力してもらえずに実施できなかった。

胸椎圧迫骨折の原因は転倒である。その方は以後車椅子での移動となってしまったが、職員が手を貸す場面が増えたことで、却って食堂へ出てきていただくことが容易になった。つまり、トイレ介助の際に「じゃあそろそろお茶の時間ですからこのまま食堂へ行きましょうね」とお連れすることができるようになったためだ。

その方は、食堂では静かに過ごされている。時にはソファで編み物をしたりもするが、テーブルに突っ伏していることもあって、眠いのか、それとも疲れたのか? とちょっと心配なこともある。周りの方と話されることはあまりない。
表情は、険しいこともあれば、とてもにこやかで、ご挨拶すると笑顔で挨拶を返してくださることもある。

今年の初め、その方が突然豹変し、饒舌になったことがあった。顔には満面の笑み。しかし会話はどうにもちぐはぐで成立しない。
いきなり車椅子から立って歩こうとされるので、職員が 「どうしました? いきなり立つと危ないですよ」と言うと、「そうだね」と答えながら、構わずに立とうとされる。
また、家に帰ると訴えられた。普段はそんなことを口にされることは全くないし、しかも「うちはすぐそこだから大丈夫」と、事実でないことを繰り返し主張された。

甲状腺機能低下症の薬を飲んでいるし、甲状腺機能の亢進だろうか? しかしずっと以前から飲んでいてコントロールされていると思われる状態で、突然バランスが崩れたりするものか?

何かの薬の副作用? しかし処方内容はしばらく変わっていない。

躁状態? 双極性障害だろうか?

高齢者のうつ病は多く、薬を飲まれている方も少なくない。
が、双極性障害は、そう診断されている方にお会いしたことがない。
もちろん、これは私の素人考えでしかないのだが……

翌日、ご家族さんが主治医の所に相談に行かれた。私はもちろん自分の勝手な推測など口にせず、なるべく状態が正確に伝わるようにと口頭で話した。
結果、抑肝散が頓用で出された。決して悪くはない対応だと思う。しかしその後たびたび現れた興奮状態の時に飲んでもらってもあまり効果はうかがえなかった。

今はリスペリドンが処方されている。これは興奮などの陽性症状だけでなく、意欲低下、自閉などの陰性症状にも効くとされているので、普段はうつが疑われるこの方には、とりわけ効果を期待してもいいように思われた。

以後はその日のように激しくはないものの、時々陽気な興奮状態が現れるようである。
転倒だけは避けたいところだが、そのためには精神の浮沈がもう少しコントロールできないものだろうか。

そもそも地域って

保健者の定める介護保険事業計画では、日常生活圏域を設定することとなっている。
これは、地理的条件や人口などを元に、各保険者ごとの基準で決められる。

しかしこうして決められた日常生活圏域は、そこに住んでいる人たちにとって納得できるものとは限らない。
そもそも日本では、江戸時代の五人組、大戦までの隣組といった制度があり、それは現在の町内会にも受け継がれているが、いかんせん規模が小さい。町内会がいくつかまとまってさらに大きな単位を作っているところもあるが、それとて住民には帰属意識はない。

これが欧米だと、教会というものがある。毎週日曜日には礼拝に行くため、そこで互いが顔見知りになる。
これこそがコミュニティの中核をなし、人々に帰属意識が生まれていくのではないか。
と、特に海外事情に詳しいわけでもないのに、イギリスのミステリなどのイメージを元にして勢いだけで書いているが……

日本でも、神社の祭事を行う氏子という単位があったが、農村ならともかく都市部ではほとんど残っていない。農村から都市への人口の流入がごく自然に続いているのだから止むを得まい。
つまり、地域包括ケアと言われても、「そもそも地域って何だ?」となる。
イギリスのコミュニティケアのようにいかないのは当たり前ではないか。

また、介護保険事業計画も、計画主体の保険者に地域のニーズなど把握できるのだろうか。本来なら、その「日常生活圏域」たるコミュニティが自ら考えていかねばならないことではないのか。

地域包括ケアを実現させるには、まずは住民が自ら医療や介護について考えるようにならないとダメなのではないか。それで初めて、認知症の方の見守りとか、移送ボランティアとかいった地域資源を作り出していけるようになる。

まず、そのための第一歩としては。
地方議会議員の選挙区を「日常生活圏域」と同一とし、事実上、地域のリーダーを直接選挙で選んでいるのと同じことにする。そして、それぞれの地域に、その議員を中心として地域包括ケアを考える組織を作る。もちろん地域包括支援センターもそこに参画する。
このくらいの大きな改革から始めないとダメではないか。

もちろん、これはある程度の都市部の話。
だが、ならば日常生活圏域がそのまま一つの村というところなどは、地域包括ケアを楽に推進していくことができるのかというと、決してそんなことはない。
医療と介護において、民間の力を活用していくことが難しいからだ。農村では、医療は診療所が一つあるかないかで、介護サービスを提供しているのも社協だけ、という話もよく耳にする。

現在の我が国で地域包括ケアを実現させるのは並大抵のことではない。
その実情をしっかりと踏まえた上でないと、絵に描いた餅で終わると思う。

定期巡回・随時対応型とケアマネジメント

地域包括ケアについてのシンポジウムを聞きに行った。

今回の制度改正で新設された定期巡回・随時対応型サービスの話が中心となっていたが、その中で、介護支援専門員協会の方が、現場の居宅ケアマネの声として次のような意見を挙げていた。

1. 定期巡回・随時対応型サービス契約者が、何か困ったことがあった時に直接事業所に電話し訪問を依頼するとなると、居宅ケアマネの知らないところでいろいろなことが行われるようになるのでは。
2. 現在でもヘルパー、訪問看護師の数は充分とは言えず、ニーズに合わせた時間にサービスを入れられない。定期巡回・随時対応型でも同じことではないか。
3. 事業所でアセスメントを行う看護師に、地域のその他の社会資源をも含めた支援をという居宅ケアマネの考えを理解してもらえるのか。
4. そもそも24時間対応のできるヘルパーの人材を確保できるのか。
5. 包括報酬となると、サービス提供量を抑制する事業所も出てくるだろう。誰がそれを監視するのか。
6. 事業所の計画作成責任者と協働でのケアマネジメントがイメージできない。

なるほどー。
確かに、これまでも地域に存在する社会資源を活用して在宅の方の自立を支援しようと頑張ってコーディネートしてきたのが、自分の知らないところで多くのことが行われるようになるのには不安があるだろう。

地域包括ケアが持つ、身体状況の変化に合わせて必要なサービスを地域資源の中で組み合わせて利用することで、住み慣れた地域での生活を継続していくというイメージ自体は、とても望ましいものだと思う。自宅からサービス付き高齢者向け住宅などに住み替えても、それまでのサービスを継続していければなおさら。
だが、1つの事業所が介護と看護を包括して提供する、しかもケアマネジメントのかなりの部分を提供事業所内で行うというのは、これまで施設が行ってきたことをそのまま在宅へシフトしているだけとしか思えない。実際、その他の介護保険サービスを含む社会資源を使いにくくなるのではないか。
それよりは、多くのサービス事業所、その他のインフォーマルな社会資源を活かせるようなソーシャルワークの機能を強化していく方が……って、それは地域包括支援センターに期待したものの、一向に叶わなかったことか。そうかそうか。

定期巡回・随時対応型サービスに参入、すでにサービスを提供している事業者の中には、利用者宅にモニター端末を設置し、利用者からの呼び出しにテレビ電話のように応答するだけでなく、事業所側からの操作によって、利用者宅の室内の様子を映し出すことができるようにしているところもあるらしい。
まさに施設の「巡視」である。もうこうなると暮らしている場所が自宅なだけで、提供しているサービスは施設と変わらない。
在宅にいながらにして施設の安心を。それがこのサービスの目指す形なのか?

それは良いことなのか悪いことなのか。
いずれにしても、地域包括ケアの、地域の様々な社会資源を組み合わせるというイメージからはかけ離れている気がする。
その最大の原因は、事業所が行うケアマネジメントが、果たしてソーシャルワークたりえるのかという点にある。現在の施設ケアプランに、それができていないのと同じように。