大学で福祉を学ぶということ

一昨日のエントリで、大学の福祉学科の人気がないのは業界に魅力がないせいだと書いた。収入や社会的地位が低いために、目指そうという動機が育ちにくいからだと。

そもそも、大きな大学で福祉学科を設けているところは少ない。これは福祉の学問としての地位の低さを意味する。
これはなぜなのか。

社会福祉学(というものが存在しているということは一応認めてよいだろう)は、医学、法学、社会学、心理学等を基礎とする応用科学であり、社会福祉学としての固有の領域は小さい。
1915年、フレックスナーが「ソーシャルワーカーは専門職ではない」と言った時、専門職の条件の1つとして「基礎科学のあること」を挙げた。1957年にはグリーンウッドが「ソーシャルワーカーは既に専門職である」と言ったが、この時には条件が「体系的な理論がある」に置き換えられていた。
基礎科学に拘るなら、未だソーシャルワーカーは専門職ではないし、これから先もおそらく変わらない。そして体系的な理論も……果たしてあると言えるだろうか。

少なくとも私には、社会福祉学は医学や法学、社会学、心理学といった殻をまとった空虚な存在に見える。
それら周辺の科学について深く学ぶには4年と言う期間は決して充分ではないので、必然的に浅くならざるを得ない。そしてそれらを結びつける技能を身に就けるのに必要なのは、研究ではなく習練である。

基礎科学を持たないということは、多分野を横断しての調整力はあったとしても、それぞれの分野では専門に学んだ者には敵わないということである。それでは独占できる業務がないのも当然であり、専門性がないと看做されても仕方がない。
その調整力は、習熟することによってのみ高められる。それを目指すのはもちろん意味のあることであるが、教育・研究機関としての大学とは馴染まない。

これは「ケアマネジメント学科」なるものが創設されても、そっくりあてはまるだろう。

そもそもケアマネジメントはソーシャルワークである。介護保険制度創設時の我が国ではソーシャルワークを行える者が少なかったために、やむなくケアマネジメントを行うだけの資格として介護支援専門員が誕生したのだと思っているが、違うのかな?

そろそろ両者は統合され始めてもいいのではないだろうか。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中