日本の住宅文化と施設の居室

介護保険施設に今でも多く存在する多床室は、プライバシーのない、好ましくない居住空間なのだろうか。

私は自分が暮らすことを考えたら、個室でなければ嫌だ。だから、生活の場所であるならば個室であることは必要な条件だと思っている。このことは何度か書いてきた。

しかし我が国では、個室というのはそれほど前から普及していたわけではない。施設だけでなく、一般の家庭でも。住宅の造りにプライバシーという考え方が見え始めるのは、いわゆる昭和の家以降である。

ものすごく極端な話をしよう。
世界遺産にもなっている合掌造集落では、かつては一軒の家に20人以上もの家族が暮らしていた。相続は母系制であり、夫による通い婚のような形が取られていた。家族全員が一つの部屋で暮らしており、夫婦の性行為さえ、皆と一緒に大部屋で寝ている妻の布団の中に、通ってきた夫が忍び入って行われていたそうである。
こうなるとプライバシーなど何もない。

繰り返すが、これは非常に極端な例で、現在の高齢者でそういう生活をされていた方はもちろんいないだろう。しかしかつての日本では、家族が同じ部屋で暮らすのは当たり前だった。
小学生の頃から当たり前のように自分だけの部屋を欲しがってきた我々とは、部屋へのこだわりも違うのかもしれない。

とするなら。
高齢者にも個室を、というのは我々若い世代の勝手な決め付けであって、高齢者はむしろ個室では寂しいと思っている可能性もあるのではないだろうか。

しかし、たとえそうだとしても、排泄ケアなどのプライバシーをきちんと守れず、同室の利用者さんを選ぶ(「あの人と一緒がいい」という希望だけでなく、「あの人と一緒は嫌」という希望も叶えられる)ことができないのであれば、やはり多床室というのはなくしていくべきだとは思う。
これはそうたやすいことではない。排泄時にプライベートカーテンで視線を遮るのは当たり前だが、音や匂いまでをも隠すのは難しい。また、高齢者は環境が変わることを好まないしリスクも伴うので、同室者との関係が良くないからといってそう頻繁に居室を移ってもらうわけにもいかない。

今の多床室でプライバシーが保たれる努力をするよりも、おそらく全て個室にする方が早いような気はする。それだけ、多床室の「いいところ」を生かしていくのは難しいのではないか。

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