アセスメント能力

昨日のエントリの最後に、我が国の要介護高齢者が自宅で暮らし続けられなくなって施設需要が高まるのは、介護支援専門員のアセスメント能力が低いからだと断じている人がいる(大手介護サービス事業者の代表)ことを書いた。

上記リンク先には、以下の引用のような記述がある。

居宅サービスは(中略)「介護者と一緒に自宅で生活する場合」を前提として、介護者の負担を除くサービスに終始していたために、「介護者が乏しい状態で、自宅で生活する場合」には、きめ細かい居宅サービスが行われず、高齢者は施設への道しか残されなくなったのである。

障害の重い高齢者を、自宅で、それもほぼ一人暮らしに近い状態で支えることが出来るかどうかであるが、ポイントは、アセスメント(評価)にある。アセスメント(評価)とは、身体的、精神的、社会的視点から、障害を持つ高齢者の状態を分析し、評価して、介護の実行につなぐ試みである。(中略)
日本では、むしろ、ケアマネージャーにアセスメントを委ねる傾向が強いが、現在のケアマネージャーの能力では、的確なアセスメントは困難である。つまり、「介護者が乏しい状態で、自宅で生活する場合」の最大の問題点は、アセスメントが不十分なことにあるのだ。

アセスメントってそういうことだったっけ?

私が教わってきたアセスメントとは、分析・評価だけではない。むしろその先にある、解決すべき課題(ニーズ)を把握することだ。
上の文章からは、アセスメントとは必要最低限の介護量を見極め、それをケアプランに組み込むことであって、利用者さんの意向や生活の質などは頭の中にないことが透けて見えてしまう。

利用者さんの状態を分析・評価して、自宅で生命を維持していけるだけのサービスを組むこと自体は容易である。定期の食事・排泄・清潔保持介助、生活援助を入れて自宅のベッドに寝かしておく生活を組み立てればいいからだ。
ケアマネが施設利用を勧めることがあるのは、そんな生活よりも施設に移った方が、生活の質を保てると考えるからではないのか。

この人が今後取り組んでいこうとしている定期巡回・随時対応型サービスでは、サービス提供回数や時間による報酬ではなく、月額いくらという包括報酬となるため、サービス提供量を極力減らしていくことが事業の成功につながる。
これを成立させるためには、利用者のニーズに目が行くケアマネはむしろ邪魔である。交流が必要だから昔馴染みと一緒にデイサービスへ通いましょうとか、好きだった畑仕事をするのは無理としても、畑の様子を見に行けるようになればと身体介護での散歩をプランに組み込む、そんなケアマネはいらない。
それよりも、事業所が抱え込んだ者に、最低限必要な介助に限定したプランを組ませたい。

その上で、昨日のエントリでも書いたように、利用者さんには援助の内容と時間についての取り決めを遵守させ、随時対応を極力減らしたい。

これが、定期巡回・随時対応型サービスにおいて、居宅介護支援事業所のケアマネが軽視されることとなった最大の理由なのではないかと私は思っている。

定期巡回・随時対応型サービスによって、利用者さんが自宅やサービス付き高齢者向け住宅の居室で、生命を維持するための最低限のサービスのみで寝たきりにされてしまう……

そんな未来が待ち受けているように思えてならない。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中