住まいとケアの分離

有料老人ホーム大手のメッセージが、ジャパンケアを子会社化したというニュースは多くの介護関係者の注目を集めていることと思う。

そのメッセージの代表者がよく口にする言葉に、「住まいとケアの分離」というものがある。

これはもともとはデンマークで生まれた考え方で、デンマークでは1980年代の末に介護施設は一切新設しないこととされた。
施設では住まいとケアが一体化しているため、ケアを受けるためには入所する、すなわち住まいを施設に移さなければならないうえ、ケアの種類と量がその施設に合わせて制限されてしまう。そうではなく、自分が住みたいと思える場所で必要なケアを受けられるべきだという主張だ(参考)。

つまり、我が国が作ろうとしている地域包括ケアシステムの目指す先がそこにあるわけだ。なるべく自宅で住み続け、それが不可能になったら高齢者専用の集合住宅に移り住む。
もっともこうした方向性はデンマークに限らず、コミュニティケアの理念の下で高齢者住宅を増やしたイギリスもそうだし、スウェーデンも然り。どちらも1970年頃からの流れである。

メッセージの代表者は、定期巡回・随時対応型サービスによって自宅での生活を継続させること、および高齢者専用の集合住宅へ住み替えるためには、高齢者の「自立」が必要であるとしている。
この「自立」とは、

事前にサービス提供者と、どの様な援助をどの様な時間に行うかについての取り決めを行い、それを守る意識

とされている(引用元)。

なるほど。
定期巡回はともかく、随時対応は緊急事態を除き、なるべくしないで済ませるに越したことはない。大した用もないのにしょっちゅうスタッフを呼び出す方では困るってわけだ。

援助を受ける側に条件を課す時点で、これはもう福祉ではない。
「こういう条件に適合する方にはサービスを提供しますが、それができない方は余所へどうぞ」というビジネスをすること自体は結構。ご自由に。
しかしそれが我が国の高齢者施策の中心になってはならない。

こうした考え方が中心になることは、そうした取り決めを守れるだけの認知機能を保てていない方、また経済力を持たない方への差別を生むからだ。

「認知症状の強い方、経済力のない方は施設へ」という考え方が主流になれば、現在認知症についての知識を世間に普及しようとしている人々の努力が無駄になる。認知症であることが恥ずかしい、隠したいことであった時代に逆戻りである。さらに介護保険の導入によって軽減された「施設を利用することは社会から施しを受けていることだ」という負い目を復活させる。

私は現在介護付有料老人ホームに勤めているが、介護保険施設よりも有料老人ホームの方が優れたサービス提供形態である、とは全く思わない。
しかし現状では、個室などのハード面から、有料老人ホームの方がより生活しやすい場所になっているとは思う。それでも未来永劫そうであらざるを得ないとは思っていないし、介護保険施設と有料老人ホームのサービスの差が利用料金の違いから来るのであれば、それは是正されるべく、国全体で努力していくべきだ。

地域包括ケアシステム、大いに結構。
しかしその中心となるのが利用者を選別する事業者であってはならない。

既存の介護保険施設の、内部からの変革に期待したい。私も、そういう仕事に関わってみたいものだ。

もうひとつ。
メッセージの代表は、我が国の要介護高齢者が自宅で暮らし続けられなくなって施設需要が高まるのは、介護支援専門員のアセスメント能力が低いからだと断じている。
これについても含め、続きはまた明日。

エントリを分ける理由は、カテゴリを分けたいためであって、長いエントリは書くのが大変だからってわけじゃないですよ、念のため(^-^;


2012.03.10追記:
“住まいとケアの分離”などで検索してこちらに来られた方は、エントリ「本当の『住まいとケアの分離』」もご参照ください。

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