やさしい嘘

最近の認知症ケアの研修では、パーソンセンタードケアについて学ぶことが多い。

パーソンセンタードケアでは、認知症の方を騙したりはぐらかしたりするのはよくないとされる。
もちろん、「認知症なんだからどうせわからないだろう」「すぐ忘れてしまうだろう」などと最初から決め付けてかかり、その方の気持ちに一旦は身を委ねるということをせずに、騙したりはぐらかしてしまうのは論外だ。

しかし。
騙したりはぐらかしたりすることを全く認めないとなると、それは「その人」の気持ちを重視するあまりに認知症状を楽観的に捉え過ぎており、その方にとっては却って可哀相だと思う。

例。
「息子が最近来ないんだよ。心配だから電話してちょうだい」と訴えられる方がいるとする。
そこで実際に息子さんにお電話し、できればご本人さんと話してもらう、ということができればよいが、あまり頻繁に電話をかけるわけにもいかない。「緊急時以外は、仕事中にはなるべく電話をかけないでください」などとご家族さんに言われることもしばしばある。もちろんご家族さんにはご家族さんの生活があるし、自分の親のことなのだからそんな文句を言わずに協力して欲しい、などと求めるのは酷である。

また「どうして息子さんのことが心配なんですか?」と尋ねてみて、「それは親としては当然の気持ちですよね」などと共感を示しても、ご本人さんの心配は募るばかりだ。
そうなると私としては、はぐらかす、つまり関心を他へ向けることを試みるか、あるいは、息子さんに電話をかけてお話をする演技をしたり、「そうそう、お伝えするのをうっかり忘れてましたが、さっき息子さんから電話があったばかりですよ。仕事が忙しいからすぐには行けないけど、3、4日中には来てくれるそうです」などと嘘をつくこともある。

つまり、騙したり、はぐらかしたりしているわけだ。

ではパーソンセンタードケアでは例えばどのように対応するのだろう、と、研修で提出していた「1日の振り返り」に書いたら、「認知症の方はそれぞれその人だけの個性を持っていますので、対応方法はその方それぞれによって違うため、教えることはできません」と、もっともだが何ともピントのずれたコメントが付いて戻ってきてしまった(^-^;

騙したりはぐらかしたりしないとなると、上記の例では息子さんを心配する気持ちを長引かせることとなる。それなら、たとえ嘘でも安心してもらった方がいいのでは?

その方の気持ちになって、どうしたら一番穏やかな気持ちになれるかを考えながら、かける言葉を選んだり、時には役を「演じる」。それは、その方が知覚している「現実」を大切にして、それに私たち介助者が合わせていくということだ。
一概に悪いとは言えないのではないか。

職員視点で認知症状に焦点を当てた旧来のケア(「認知症」の人へのケア)がテーゼとすれば、利用者視点でその人に焦点を当てたパーソン・センタード・ケア(認知症の「人」へのケア)がアンチテーゼ。

とすれば、ジンターゼは、認知症状も含めてその人が生きる「現実」を重視した「認知症の人」へのケアなのではないだろうか。


2012.06.12追記:
このエントリは誤解しやすい表現を多分に含みます。ぜひ「騙したりはぐらかしたりすることについて、改めて」も併せてご覧ください。


2012.06.19追記:
それと、エントリ「否定と騙し、はぐらかし」も。

やさしい嘘」への4件のフィードバック

  1. 今、夜勤の休憩中です。
    入所者の女性が『いつまで電気つけてんだ!早く寝ろ!誰が電気代払うと思ってんだ!』と、何度もステーションに来て怒鳴るので、他の入所者が目を醒まし、徘徊し始めました。
    廊下は全て電気を消してあります。徘徊者の転倒が不安ですが、いつまでも騒がれると連鎖反応で他の方も不穏になるので仕方ありません…。
    何度説明しても理解できない方に誤魔化しもへったくりも無いのが現実です…。
    疲れます…

  2. >認知症専門棟職員様
    コメントありがとうございます<(_ _)>
    昨夜は気力がなくコメント書けませんでした。すみません。
    認知症ケアの理論は日々進歩していますが、現場の環境は全く変わらないので、職員は両者の間で押し潰されそうになっていますよね……
    現在の介護の現場では、認知症の中核症状だけの方も、周辺症状が出ている方も、さらには精神疾患の方も、皆一緒くたに「認知症」と呼ばれ、同じケアを受けていることも問題だと思います。
    それぞれ、必要とされているものが違っているのに。
    本当にお疲れさまです。

  3. ヒヨコさんが、センタードケアの人にはぐらかされているようで、ネタかな?と思ってしまいました。

適当ヒヨコ への返信 コメントをキャンセル