ICFを生かそう

国際生活機能分類すなわちICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)が世界保健機構で採択されたのが2001年。その後、介護業界にもその考えは押し寄せてきた。
最初はやはりリハビリにおいてであり、次いでケアプランにも、という流れだったように記憶しているが、私がこの仕事を始めたばかりの頃だから、よく分かっていなかったのも確かだ。恥ずかしながら、後から学んで、ああそういうことだったのかと腑に落ちた次第。

心身の機能を「~ができない」というネガティヴな捉え方から、「~ができる」というポジティヴな捉え方に転換したことは、もちろん大きな前進であったと思う。エントリ「ヒステリーと自己実現」でも書いたが、人は心身の障害や認知症状で区別されるべきではない。そうした区別が、人をより不健康な状態に導いていくのだ。

だが、「している活動」と「できる活動」に区別し、「する活動」を考えていこうとするプロセスは、福祉の現情を残酷なまでに照らし出してしまう。
もっと歩けるはずなのに、安全のために歩くことを制限してしまっていたり、金銭の管理もできるはずなのにお金を取り上げてしまっていたり……これでは「する活動」を考えるどころじゃないよな……と愕然とする。
もちろん、事業所の現状を評価して、できることとできないことを明確にし、安全を確保することは過ちではない。それでも、それがベストではない。常に改善に取り組んでいくことが必要だ。

「できる活動」が普通にできるようにしていかなければならないのだ、我々は。

ところで、みなさんはICFというものを、利用者さんたちに対してのみ適用できるものだと無意識的に思っていないだろうか。
こう言えば、ああ、と思われるだろう。ICFは全ての人に適用できるのだ。
もちろん、我々職員にも。

仕事に限定して考えてみる。
自分が「している業務」と「できる業務」を考えてみたとき、両者にギャップはないだろうか?
「ない」と思うとしたら、あなたは非常に恵まれた職場に勤めているか、自分を不当に小さく見積もっているかのどちらかである。
(あなたが志も能力もない職員である、という可能性もゼロではないかもしれないが、そんな人がこんな非常にマイナーなブログを読んでいるわけはない。これを読んでくださっている方は、少なくとも志は相当にお持ちのはず。よって当然に除外している。)

そのギャップはどこからくるものだろうか。職場の事情などの環境因子? 家庭事情や性格などの個人因子? いずれにしろ、変えていけないものはない。
「自分はもっと仕事ができるのに、こんな扱いなのは、うちの上司や同僚が悪い」と考えるのではない。現在の福祉の職場はどこも似たり寄ったりだ。そんな中で、制度や法人が変わってくれることを期待するのではなく、内部で働く我々職員が変えていくのだ。各々が、自分にできることを精一杯にやっていくことで。

そうすれば、少しずつでも、法人や制度だってきっと変わっていく。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中