文系と理系

「文系」「理系」なんていう違いはない。
あるのは、「数学や理科が苦手な者」と「そうでない者」という違いだけだ。

↑という意味の文章を、その昔どこかの本で読んだ。内容から察するに東野圭吾か森博嗣あたりではないかと思うが、全く覚えていない。

的を射ている。
いわゆる文系は、敢えて言うなら現代文や古文が得意ということはあるかもしれないが、例えば英語はいわゆる理系よりも勝っているかと言うと、決してそんなことはないのだから。

私は高校2年生頃まで文系でも理系でもなかった。それまでは飛び抜けて優秀な科目もなかったし、苦手な科目もなかった。
ところが3年になって、日本史が校内1位、物理が校内最下位となった。そこで、自分は文系なんだと決め、以後は文系としての勉強をするようになった。

医師に数学・理科が苦手な者はいない。それらの科目が苦手なのでは、そもそも医学部の入試に受かるわけがない。
しかし看護師はどうだろうか。職業としては理系と言って良いと思うが、全員、理系科目が苦手ではなかったと言えるだろうか?
介護士については言わずもがな、だよな。

さて、「文系」「理系」という違いは私も存在しないと思うものの、「感情に優れるタイプ」と「理性に優れるタイプ」という違いは存在する。
前者は感受性・共感性に優れているが、論理的思考が苦手である。後者はその逆。前者は女性に多く、後者は男性に多いため、脳の性差に由来する部分もあると思うが、それが全てではない。
また右脳優位・左脳優位とも重なるところがあるが、やはりそれで説明しきれるものでもない。

むしろ、他者への関心による違い、と言った方がすっきりする。
他者への関心は、すなわち人間関係への興味である。それは感情の世界であり、故に理屈では測りきれない。それを嫌うならば、他人への興味も殺さざるを得ない。そうして論理の世界に関心を向けるわけだ。
論理が支配する世界は、教科では数学や理科に限らない。哲学や言語学だって充分に該当する。「文系」「理系」という分け方は不適当なのである。

言わば、曖昧なものを好むか、確かなものを好むか。
これは嗜好そして志向の問題なので、必ずどちらかに偏る。兼ね備えることはできない。

介護職員、ソーシャルワーカー、ケアマネに向いているのは、疑いもなく前者である。他人の苦しみを自分のことのように感じることができなければ、良い援助はできない。もちろん一歩引いたところから俯瞰する視点も兼ね備えていなければならないが、それは意識し訓練することで身に付けられる。
しかし後者は、どんなに努力しても、他人の気持ちが分かるようにはならない。理屈で考えることには長けているので、科学が支配する医療系の仕事には向いているけれど。

何が言いたいのかというと。
ケアマネの良し悪しは、介護福祉士や看護師といった基礎資格の違いでは全く測れないということだ。看護師の方が、現在の病状に適した支援を組むのに長けていることは事実だろう。だがそうしたケアマネのプランでは、生活の質の向上について全く触れられていなかったり、あっても抽象的な決まり文句が並んでいるだけだったりする。

医学的管理、自立支援、生活の質の向上、これら全ての面で優れたプランを作れるケアマネはたぶん存在しない。たった一つの物差しでケアマネを測ることなんてできるはずもないのだ。

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