「身体拘束=悪、身体拘束廃止=善」?

だいぶ前のことになるが、身体拘束廃止の研修に出た。

まずは確認事項。2001年 厚生労働省身体拘束ゼロ作戦推進会議「身体拘束ゼロへの手引き」より。

「身体拘束」の定義
① 徘徊しないように、車いすやいす、ベッドに体幹や四肢をひもで縛る。
② 転落しないように、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。
③ 自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)で囲む。
④ 点滴、経管栄養等のチューブを抜かないように、四肢をひも等で縛る。
⑤ 点滴、経管栄養等のチューブを抜かないように、または、皮膚をかきむしらないように、手足の機能を制限するミトン型の手袋等をつける。
⑥ 車いすやいすからずり落ちたり、立ち上がったりしないように、Y字型抑制帯や腰ベルト、車イステーブルをつける。
⑦ 立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるようないすを使用する。
⑧ 脱衣やおむつはずしを制限するために介護衣(つなぎ服)を着せる。
⑨ 他人への迷惑行為を防ぐために、ベッドなどに体幹や四肢をひも等で縛る。
⑩ 行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服用させる。
⑪ 自分の意志で開けることのできない居室等に隔離する。

身体拘束が認められる要件(全て満たすことが必要)
1. 切迫性:利用者本人または他の利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと。
2. 非代替性:身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと。
3. 一時性:身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること。

以上は予備知識。なぜ身体拘束は良くないのかということは述べなくてもいいよね?

さて、その研修で、身体拘束を廃止するための方法として講師の方が挙げられていたのは、

A.ベッド柵を外す
⇒畳部屋で布団対応にする。
⇒低床ベッド+衝撃緩衝マットをベッド脇にセッティングする。
⇒低床ベッド+センサーマットをベッド脇にセッティングする。

B. 車椅子のY字型抑制帯や腰ベルト、車イステーブルを外す
⇒(もしもトイレに行こうとしているのであれば)トイレ誘導やオムツ交換の時間の見直し。
⇒車椅子に座る姿勢を正す。滑り止めクッション使用。
⇒(もしも何もすることがないのであれば)職員が一緒に作業などしながら見守る。

C. ミトンやつなぎ服を外す
⇒(失禁による不快感のためであれば)オムツ交換の時間の見直し。
⇒経管栄養や点滴の終了まで職員が手を握り、話しかけながら見守る。

D. 過剰な向精神薬や眠剤を止める
⇒薬の必要性を医師に確認。
⇒職員が積極的に関わり、関係を築き、納得いくまで見守りながら付き添う。
⇒食事を職員と一緒に作るなど、作業を共有する。

E. 鍵をかけたりして隔離することを止める
⇒D.と同様の対応をする。
⇒職員や他の高齢者がいる場所で過ごしていただく。

である。

これらの方策は、オムツ交換の時間の見直し(排泄リズムの把握)や車椅子からの滑り落ち防止など以外は、結局のところ「職員が付く」ということに尽きる。しかしそれが叶わないのが現状ではないのか? と思ったり。
もちろん、こういった方法の検討もなく、安易に拘束などすべきではないことは言うまでもない。

またAの、「畳部屋で布団対応」というのは、現に多くの施設で取り入れられている方法だろう。しかし、ベッドからであれば立ち上がれる方を、床からは立ち上がることができないからという理由で畳部屋に入っていただくことは、身体拘束の定義⑦「立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるようないすを使用する」とどこが違うのだろう?
また、センサーマットによる見守りは、「動くとすぐ職員が飛んで来る⇒自分は常に監視されている」という心理的な拘束になりうるのでは? センサーマットが必要になる方なら認知症もあるだろうから、そんな心配はいらないと?

もちろん私は、畳での布団対応やセンサーマット使用はどんな場合でも身体拘束に等しいから良くない、と言いたいわけではない。これらの対応を「身体拘束の定義に入らないからOK」と短絡的に考えるのはどうなの? と思っているだけだ。
手足を縛るなどの極端なものを除けば、特定の行為のみを採り上げて、「これは身体拘束であるから悪い」「これは身体拘束ではないから良い」と決めることはできないと思う。

例えばミトン使用だが。手の機能を制限しているのだから、身体拘束に該当することは避けようがない。しかし「経管栄養や点滴の終了まで職員が手を握り、話しかけながら見守る」というのは、それが可能な職員配置ができる施設ばかりではないし、また職員が手を押さえつけるような形になっては、指以外は自在に動かせるミトン使用よりもさらに大きく動きを制限することになってしまう。さらに、万が一注入中の自己抜去により誤嚥性肺炎を起こしたとか、そこまではいかなくとも自己抜去されればチューブを再挿入することになるのだから、大きな苦痛を伴う。それとミトンをしていただくことが与える精神的苦痛はどちらが大きいのか? といった問題もあるだろう。

10年も前に作成された手引きを基準に「これは身体拘束の定義に当てはまるからダメ」「これは身体拘束の定義に当てはまらないからOK」と考えるのではなく、身体拘束は極力廃止すべきという前提の下で、利用者さんにとってどうするのがいいのかを第一に考え、ご本人やご家族も交えてケア方法を決定していかなければならないのではないか。

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