お客様は神様か

三波春夫が言ったとして有名な、「お客様は神様です」という言葉がある。
もともとの意味はオフィシャルサイトのここをご覧いただくとして、一般的には、「お金を払ってくれる人がいるおかげで商売が成り立つのだから、そのことを感謝し、お客様を崇めるべきである」という意味で使われることが多いようだ。

しかし、こんな考え方が受け入れられるのは日本だけではないだろうか。外国では、店で買い物した客が代金を支払って「Thank you.」と言うのはごく当たり前の光景だ。
日本では、「お客様は神様」なんて妙な威張り方をせずに「お互い様」と考えることが、どうしてできないのだろう。
三波春夫の言葉が誤解されて広まったことも一因かもしれないし、もしかすると、江戸時代の身分制度、いわゆる士農工商では商人が一番身分が低いとされたことも関係あったり……しないか(^-^;;

さて、介護サービス事業者としては、どういう態度であるべきなのだろう。

「代わりにじいさんばあさんの面倒を看てあげてるんだから、感謝されて当然」という態度の事業所はまさかあるまいが、「利用していただいていることへの感謝を忘れず、常に下手に出る」という態度を徹底しているのは、一部の高級有料老人ホームくらいではないか。大抵の事業者は、サービスを提供して対価をいただくことは対等の関係であるとみなしていると思う。

それでいい。
卑屈であること(謙虚であること、ではなく)は、傲慢であることとイコールなのである。
普段必要以上にへりくだっている者ほど、関係性が壊れ得る事態に直面した時には、あっさりと掌を返してしまう。これは人間心理としては当然のことかもしれない。
私の前の職場では、理事長が接遇に厳しかった。また理事長は独創的な発想の持ち主でもあったので、私はそれが気に入って転職したのだが、やがて傲慢さが鼻につくようになってしまった。例えば、流涎があったり、トイレを汚してしまう利用者さん、または認知症状の強い方に対して、「今後はお断りしてください」とスタッフに指示したりするのである。それが私には納得できなかった。心身の問題を理由に強い態度に出ることは、介護サービス提供者としては間違っていると思う。

一方、利用者さんやご家族は、時に理不尽な要求をすることもある。それに対し、できないものはできないと毅然とした態度をとることは、責任を持ってサービスを提供するためにはむしろ必要なことでもある。
しかしそれでも、一旦は相手の主張に自らの心を重ね合わせて、クレーム内容そのものではなく、その背景にあるもの――それは、例えば親を施設に預けていることへの罪悪感だったり、施設への不信感だったりする――に思いを馳せる態度も必要ではないか。

「クレームは宝」とよく言われる。そのことを常に心に留めておきたい。

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