カヘキシー

食欲がなくなり、食事摂取量が目立って減ってきたことを医師に相談すると、プリンペランが処方されることが多い。

私が最初に勤めた老健では、この手の薬の採用はなかった(確か……)が、転職してからは、この薬が処方された方を10人くらいは見てきた。しかし残念ながら、薬の効果で食欲が回復された方はいなかった。

この薬の効果そのものを疑っているわけではない。吐気があったり、胃腸の働きが悪くなっているために起こる食欲不振に効果がみられるケースは、もちろん少なくないのだろうと思う。

しかし……
自立度が高く、摂食・嚥下障害もなくお元気だった方が、食事量が減り、痩せていって、やがて身体が動かなくなってほとんど全介助となってしまう。それと同時に、尿量も減り、熱発が見られ、肺炎か尿路感染か、いずれにしろ脱水症状などもあり入院となって、そのまま亡くなられる……こういう流れを断ち切るだけの効果は、薬にはないように思う。
もちろん、途中で経管栄養を行うという選択肢もあるが、ご家族が希望されなければそれまで。点滴で水分のみを補いつつ、看取りとなる。

こうした過程を見届けるのはとても辛い。
だから、最近食事量が減ってきたな……と感じられる方がいると、もう少し食べるように勧めてみたり、好きなものをご家族の方に用意していただいたり、介助で食べてもらったり等の対応を試みるのだが、それでも食べることを嫌がられ、食事量が増えないとなると……

まるで、生きていくことを止めようと心に決めたみたいだ、と感じることがある。

もちろん、この過程が認知機能の低下を伴っているのは確かだ。だから、認知症のため、と言っても間違いではないだろう。
しかし、これを認知症による不適応行動なのだと片付けてしまっていいのだろうか。

老衰とは本来こういうものではなかったろうか。
現在では、死因に老衰という言葉はあまり使われず、肺炎や心不全などの病名が付けられるようだが、衰弱したために肺炎にかかったり心臓が止まってしまったのか、それとも肺炎や心機能の低下によって衰弱したのか、いったい誰に区別がつくというのか?

食欲が落ちてきたため消化器官を中心に詳しく検査し、原因を特定してそれに対処する……そういうアプローチはもちろん大切だ。しかし、それで原因が特定され、お元気になられた例を見たことがないのもまた事実。

こういう過程も、人の死の一つの形として、受け入れていくべきなのではないだろうか。その上で我々は、その人の残りの人生が少しでも輝くように、できることをしていくのだ。

ふと、そんなことを考えた。

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