介護職員としての私

このブログでは現場の介護職員に対して苦言を呈することもよくあるし、実際の仕事の上でもまあ似たようなものなので、おまえ自身はさぞ優秀な介護職員なんだろうな……と思われるかもしれない。
でも全くそんなことはない。私は、介護職員としては十人並以下だ。

そもそも、この業界に入って8年半ほどになるが、現場に入って介護の仕事をした日数を年数に換算すると、たぶんまだ2年分にもなっていないと思う。
老健で支援相談員をしているときに、宿直中に進んで夜勤者のオムツ交換を手伝わせてもらったり、デイで入浴介助に入ったりしたおかげもあって、介助の手際はそう悪くないはずだ。しかし私などよりはるかに上手い人はいくらでもいるし、それ以前に適性にも問題があると思っている。
私は介護の仕事は好きだが、自分には向いていないと思う。

介護職員にもっとも大切なのは「気づき」である。
「いつもとちょっと様子が違うな」
「何かそわそわしているな」
「本当は嫌だと思ってるんじゃないかな」
「そろそろこの布団じゃ暑くないかな」
……といったように。
そしてこの気づきを元に素早く動けるのが、優れた介護職員というものである。

私は、この「気づき」が鈍い。

気がつかないのは高齢者のことを本当に見ようとしてはいないからだ、と「気づき」のできる者は言う。しかしそんなのは、私に言わせてもらえば「東大に入れないのは勉強していないからだ」と言うのに等しい。それこそ気づいてくれよ、と思う。

だが、これは言い訳というものだろう。

いずれにしろ、ケアマネとして職員に求めることを、では実際に自分ができるかどうかというと、必ずしもそういうわけではない。なるべく自分がしていることを他の職員も真似してくれるようにと願っていることはあるが、たとえそれが叶ったとしても、ケアマネとしての自分が現場の職員に求めていることには及ばない。

本当に優れた介護職員は、私の思惑などよりずっと上を行くことを、ぽんっと提案してきたりする。以前の同僚で、そんな女の子がいた。私は彼女のフォローをするだけでよかった。
彼女は今もそこに勤めているが、きっと今はその優れた点を生かしてもらってはいないだろうな、と思う。現在の介護主任との信頼関係が、ゼロどころかマイナスなのだから、飼い殺しに等しいだろう。こんなにもったいないことはない。

私は自分に欠けている部分を補ってくれる仲間を、ずっと心の中で求めている。

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