Accessを使おう

私は、この業界で働くようになって間もない頃からずっと、MicrosoftのAccessで作ったデータベースを仕事に使っている。

もともとは、最初の職場である老健でOTがAccessデータベースを作っており、それは正直使いにくかったのだが、なるほどこんなことができるなら自分でもやってみよう……と思ったのがきっかけ。

3つの職場を渡り歩く間に、こういったデータベースを作ってきた。

① 相談員業務
 全入所申込者を入力し、相談経過を管理。入所が決まったらフェイスシート、食事開始届など各種書類を自動作成。↓②③と連携し、業務日誌を自動作成。

② 施設スケジュール管理
 予定を入力し、予定表を印刷。

③ 相談記録
 相談員として受けた相談(申込者、入所者等)を全て入力、施設内で情報共有。毎月、入所者別に一括印刷。

④ アドレス帳
 連絡先を一括管理。FAX送信票、宛名シールを作成し印刷。

⑤ 短期入所介護計画書作成

⑥ 有給休暇管理
 職員一人ひとりの入社日と現在の日付を照らし合わせ、有給が付与される日付や日数を計算。有給取得履歴を職員別に集計して残数や繰越日数を管理。
 関数を作るのに、長いこと試行錯誤した記憶が……

⑦ 現金出納帳
 会計事務所の付ける費目が、実情に即しておらず経費削減の資料となり得なかったので作成。出金・入金伝票を作成、費目別に集計し月ごとの推移をグラフ表示。

⑧ 介護給付費管理
 月遅れ請求、返戻、過誤申し立て→再請求などを繰り返していると、結局その月の収入がどのくらいだったのか分からなくなりがちなので、これらを入力することで整理。

⑨ ヒヤリハット/事故報告書(インシデント/アクシデントレポート)
 検索が容易に行え、また事故の統計が簡単にできる。

⑩ 面会者記録簿
 入所者の家族が、どのくらいの頻度で面会に来ているのか一目瞭然。最後に来たのはいつだったのか、など確認も容易。

⑪ 各種会議の議事録

⑫ 通所介護計画書作成

⑬ 訪問介護計画書作成

⑭ 施設サービス計画書作成

⑮ 個別機能訓練計画書作成

データベースの便利な点は……
・ 一度情報を入力しておけば、その後いろいろな書類を作成する際にデータを引っ張ってきてある程度の欄を自動的に埋めてくれるので、何度も同じ情報を入力する手間がなく便利。転記する際のミスも起こらない(当然、各データベース間でもデータを共有している)。
・ 施設内の情報共有のために入力した記録を、そのまま業務日誌や第6票(介護支援経過)として印刷、紙の情報として残しておくことができる。
・ 各種プランの更新時期が近づいた方や認定の有効期限が近づいた方などをメインメニューに一覧表示させておけば、誰のプランを更新しなければならないのか一目で分かるし、うっかり認定が切れた! なんてことも起こらない。
・ 統計を取るのが容易。関数さえ一度作っておけば、要介護度だろうが利用者数だろうが金額だろうが、総計でも平均でもワンクリックで計算できるし、グラフ表示もさせられる。
・ 検索が容易。相談記録にしろ議事録にしろ、キーワードから簡単に検索できる。
・ 各種リスト、一覧表の作成が容易。特に年齢や介護度など、常に最新データが表示されるので便利。

デメリットは、Accessという高価なソフトウェアを導入しなければならないこと、扱える者が退職すると誰もメンテナンスができなくなることか。
私がこれまでの職場で作ってきたものも、もう誰も使ってないだろうな……
私自身はいい勉強をさせてもらったが。

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援助の公平性

例えば。家に帰りたいという訴えが強く、いつ外に出て行かれるか分からないため、常時の見守りが必要な方がいる。
他の方と一緒にレクなどされている時は良いが、そうでない時にはほぼ付ききりの対応を余儀なくされる。帰ろうと玄関に向かわれた時などに、「じゃあ散歩に行きましょう」と出かけていくのは、もちろんケアとしては大いに良いことだ。
この方をAさんとする。

しかし、一方で、「散歩が好きだから、できるだけ散歩に行きたい」という方がいる。その方は認知症状はあまりないので、一人で出かけようとはしない。
この方をBさんとする。

その結果どうなっているかと言うと。
Aさんは頻繁に散歩に出かけていくが、Bさんは全く散歩に行けない。職員がAさんにかかりっきりになってしまい、Bさんにまで手が回らないからである。

これを不公平だと強く思う私は偏狭だろうか?

理想は、「Aさんは週4回くらい散歩に行っている。なら、特に散歩を希望されているBさんもAさん以上にお散歩に連れて行ってあげる」ことだ。
しかしそれが叶わない事情があるのなら、逆に、Aさんの散歩の回数を制限するのも致し方ないと思う。でないとBさんが可哀想だ。

要介護度はAさんは2、Bさんは1である。なので、そこで料金差が生じていることは確か。施設収入としては1日700円ほどAさんの方が多いのだから、その分のケアの差はあってもいい、という考えもあるだろう。それは当然だ。
しかし、要介護度は必要なケアの量を全く反映していない。逆にAさんよりも介護度が高い方にはそれだけのケアを行っているかというと、全くそんなことはない。

手がかからない方は、放っておいても大丈夫。それでもちゃんとお金はもらえておいしい。
……って、それでいいのか?

どんな方でも、同じサービスを利用している以上、公平に支援を受ける権利があると思う。
だから私は、現場に入ったときには、この方は最近あまり援助してもらっていないな……と思える方を、その日だけ特別扱いして、特にその方に喜んでもらえることをするように心がけている。その方と散歩に行ったり、歌が好きなので歌のレクをしたり、一緒に折り紙をしたり、お部屋に伺ってじっくりとお話を聴いたり。
それでも、何をしてあげたらいいか思いつかない方もいて、自分はまだまだだなあと感じる。

毎日、全員の方に手厚いケアができればいいが、人手の関係でそうもいかない。
であれば、毎日のケアを薄いものにするのではなくて、それぞれの方に何日に一回かのペースで、手厚いケアをしてあげたい。
その方が利用者さんの満足度は高いものとなり、「自分は大事にされている」と思ってもらえることができる。これはデイに勤めている時に分かったこと。

以下は単なる愚痴。

Bさんのケアプランの担当は、私でなく、ケアプランチームのメンバーの1人(つまり介護職員)である。プラン更新作業の度に、私は「ご本人もご家族も散歩を希望されているから、それをプランに入れてね。個別機能訓練計画も、屋外歩行をメインにするから」と依頼し、プランに入れてもらって、ケアカンファレンスの度にそれを話し、日々の記録にもそれを転記している。
にもかかわらず、Bさんを散歩に連れ出すのは私だけだ。担当ですら、全くしようとはしない。
これでは、ケアプランチームなんてやってる意味がない。

この間、一緒にすぐ近くのスーパーまで散歩がてらの買い物に行った。歯磨き粉を買うのが目的だったが、入ってすぐのところに置いてあったバナナに目を留め、「たまにはバナナも食べたいな。買ってみるか」と購入。戻ってからもとても喜ばれていた。「また買い物に行きたいね」と言われていた。

こんな程度のこと、普通にできない方がどうかしてるって!
なんでやらねーの?

(ノ_-;)ハア…

仕事がしたい

「仕事が欲しいね。何もしないでいると、自分が何の役にも立っていないのが切ない」
このような趣旨のことを言われる男性入居者さんは珍しくない。

退職されてからもう何年も経っていても、働かなくてよい生活に、未だに慣れておられないようだ。
永年、仕事一筋で働いてこられたんだなあ……

「今まで充分に働いてきたんだから、もう仕事のことは考えずに、のんびりと毎日好きなことをして過ごせばいいんですよ」と話しているが、好きなことと言われても……と却って困惑されてしまう。

そういう方はえてして、趣味らしい趣味がない。ご家族によると、若い頃から。
趣味のある方は、一日中本を読んだり、数独をしたり、囲碁を打ったりされていて、何の呵責も感じていないようだ。いや、もちろんそれでいいんだけど。その方が人生を楽しめているから。

施設内で仕事をしてもらうのは、なかなか難しい。

以前、今はお亡くなりになっている男性の方に、施設の菜園の監督をしてもらっていたことがある。その方は歩行器や杖で歩けており、お一人で建物の外へ出ることもできたが、今いらっしゃる方々にお願いするのは難しい。菜園まで行くには、砂利敷きのところを歩いてもらわなければならないためだ。

今は、食事の後に、洗った食器を布巾で拭いてもらうのが精一杯。
もっと色々なことをやって、施設の中での役割を持ってもらいたいのだが……

女性の場合、新聞折込チラシでゴミ袋を作っておられる方、新聞を1枚ずつ3つ折りにされる方、タオルなどの洗濯物をたたんでくださる方などがいるが……件の男性たちは、新聞を3つ折りにするという手順が覚えられなかったり、お好きではなかったり。また洗濯物をたたむのは女の仕事という感じで、ご本人も周囲の入居者さんも抵抗があるようだ。

何がいいかな……

世の中には、トークン(施設内でしか使えない擬似通貨)を作って、作業毎に、これをやったら何枚トークンがもらえる……というように決め、トークンが集まったら何かに交換できるというようなことをしている施設もあるらしい。ケアマネ研修でのグループワークの時に聞いた。
素晴らしい取り組みだと思う。

そういうことを思いつく発想力こそ、介護の仕事でもっとも大切なんだと思う。
私にはそれほどの発想力はないけど、真似したっていいよね。

トークン・エコノミーはもともと行動療法の手法だ。つまり行動変容を狙ったものである。望ましい行動が現れた時(あるいは課題が実行できた時)に報酬を与えることで、その行動の出現頻度(課題遂行能力)を上げていこうというもの。

「介護 トークン・エコノミー」で検索してみたら、機能訓練に活用しているというデイがヒットしたものの、その詳細は不明。他にはめぼしい情報を見つけられず。
どうしたらトークンがもらえるのか、また貯まったらどういうものに交換できるのかなど、参考になるものが見つかると良かったんだけど……

ま、そこまで他所を頼っちゃいかんってことか。実現に至るかどうかはわからないけど、少し練ってみようと思う。

パーキンソン病と強迫観念

パーキンソン病の方で、夜間にナースコールを押し、現実とかけ離れたことを言われる男性の入居者さんがいる。職員の説明で納得し入眠されることもあれば、その後も眠られずに何度かナースコールを押されたり、部屋から出て来られることもある。

その内容は、「~~しないといけない」というものが非常に多い。「出産祝いを集金しないと」「逓信保養所に行かないと」などなど。
これはなぜだろうか?

仮説1:(メンタルな仮説)
その方はパーキンソン病の症状としての抑うつのため、「自分は何の役にも立たない人間である」と自ら思い込まれている。それに対して自我の防衛機制が働き、その思い込みを否定するため「自分にはしなければならないことがある」という観念が生じる。

仮説2:(フィジカルな仮説)
「~~しなければならない」と思い込むことは、強迫観念と言って良いだろう。
強迫観念は、セロトニンやドーパミンなど神経伝達物質の異常から起こると言われるが、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が強迫性障害の治療に効くということは、とりもなおさずセロトニンが関与していることの証になる。
その方は、振戦はあるが不随意運動はない(振戦が不随意運動とは違うものだとすればだが)。しかし、別のパーキンソン病の方は不随意運動が激しい。口を尖らせたり、手首をくねらせたりといったことがよく見られる。
不随意運動にセロトニンが関係している(SCIENCE TRANSLATIONAL MEDICINE誌2010年6月30日号 日本語訳はこちら)とすると、パーキンソン病の方はセロトニンも異常をきたしており、それ故に強迫観念が生じることがある。

ここから先は、何の医学的根拠もない私の勝手な想像。
パーキンソン病は主にドーパミンの減少により発症するため、ドーパミンを増やす薬を飲んでもらうのだが、ドーパミンとセロトニンの量はある程度互いに依存するので、ドーパミンが充分すぎる量になるとセロトニンが減り、ドーパミンの量が充分に増えていないとセロトニンが過剰気味となる。
そのため、ドーパミンが多めでセロトニンが少ないタイプ(このエントリでメインに取り上げている方)と、ドーパミンが少なめでセロトニンが多いタイプ(上で、「別のパーキンソン病の方」として挙げている方)ができる。
前者には、振戦、抑うつ・強迫観念など陰性の精神症状が現れ、後者には、不随意運動、被害妄想・幻聴など陽性の精神症状が現れる。また体の動きが悪く、すくみ足などが見られるのは、ドーパミンが足りていない後者の方である。
……なんてね。

言うまでもないが、仮説2はただ何となく考えてみただけだ。
我々は介護職なのだから、「ではパキシルを出しましょう」というわけにはいかないし、そもそも薬では1つの症状を抑えると、別の症状が現れてしまうということになりがちだから、なるべく頼りたくはない。

「自分は役に立たない人間である」という気持ちを打ち消すために一番手っ取り早いのは、仕事をしてもらったり、役割を獲得してもらうことだろう。ただでさえ男性は、仕事や役割を欲する方が多い。
これについてはまた日を改めて考えてみたい。
……って、これが今日の本題になるはずだったのに!(^-^;

愛の力

今年の始め頃。うちの施設でお二人の方が続けて亡くなり、部屋が2つ空いた。
何人かの入居申込者があり、管理者が相談を受けていた。

その中のお二人の話。
ご夫婦一緒に入居を、という話だった。もともと夫婦二人暮しだったが、ご主人が入院。奥さんは認知症のため一人で暮らせず、ショートステイに入っているという。
ご主人の診断名は、摂食障害・糖尿病・狭心症・高血圧症・認知症・心房細動。昨年の暮れに肺炎で入院、退院後も食事・水分が摂れず、再入院。主治医からもう先は長くないだろうと言われているとのこと。
奥さんの入所は問題ない。だが、ご主人の方は……という話になっていた。

インテークで、入院しているご主人に会いに行った。
点滴を行っていて、食事はほとんど食べられていない。どうも味覚がなくなっているらしい。水分が摂れずに、ドライマウスになっているせいか?
お話はしっかりされていた。「かあちゃんに会いたい」としきりに言っていた。

主治医は、これ以上できることはないので退院しても良いと言ったり、とても退院できる状態ではないと言ったり、二転三転していたらしい。
やがて退院の許可が出たが、余命は一週間程度かもしれない、とのことだった。

管理者から、どうしようか? と言われた私は、「夫婦が最期の時間を一緒に過ごせるのなら、充分に入居してもらうだけの意味があるんじゃないですか? すぐ亡くなってしまうかもしれないですけど、これもご縁だと思って、入ってもらいましょう」と答えた。

退院後の主治医は、地域で在宅緩和ケアの主導的役割を果たしている先生にお願いした。いつ何があるかわからないので、24時間対応できる先生にお願いしておくべき、ということで。

そして、ご夫婦は入居された。奥さんのほうが一足早く入居されていたので、遅れてやって来られたご主人は、久しぶりに奥さんに会い、いたく感激されていた。

入居してしばらくは、口から飲むメイバランス(濃厚流動食)だけで命を繋いでいた。食事は形だけお出ししているだけだった。
しかし、少しずつ箸をつけるようになり、やがてメイバランスを中止、さらには食事の量も増やし……

今では毎食完食されている。
「ここの飯はうまいなー」が口癖だ。元気そのものである。

こうして元気になったのは我々のケアのおかげ……ではない。ありきたりの援助をしただけなのだから。

全て、奥さんと、そしてご本人の愛の力である。

一緒にいることが、何よりも効く薬だったというわけだ。
いやはや。

ところで私は、その方に「先生」と呼ばれている。
その方は数学の教師をされていた方で、普段は数独を真剣にされているのだが、ある時、お部屋にお邪魔したら、ルービックキューブをやっていた。
1面を揃えて、「この揃ったところを崩さずに、他を揃えるのが難しいんだ」と言われていたので、「へえ、すごいですね」とか話しながら、目の前で6面全てを揃えてみせた時の、その方の驚いた顔と言ったら!

ルービックキューブが流行ったのは私が子供の頃だった。確かガチャポンのルービックキューブに解法を記した紙切れが一枚入っていて、幼い私はそれを懸命に覚えた。未だに手が覚えているというわけ。
動かし方には、いわば公式みたいなものがあるので、時々キューブを見て現在の配置を確認すれば、ずっと手元を見ていなくても揃えられる。1分30秒くらいはかかってしまうが。

そう、私は「ルービックキューブの先生」というわけである。
何が賞賛を浴びるか、分からないものだ。