記憶の神秘と誘導の秘訣

認知症で記銘力障害がある方は、新しいことは全く覚えられないのかと言うと、そんなことはない。(昨日のエントリでも触れたが。)

前の職場でのことだが、「千の風になって」が流行っていた頃、リクエストされてギターを弾きながら利用者さんたちと一緒に歌うことがよくあった。そんな中で、最近のことは全く覚えられず、何度も何度も同じ話を繰り返される方が、いつの間にかその曲のメロディや歌詞を覚えて、一人で鼻歌を歌っていて驚かされたことがある。

今日はそんな話。

うちの施設に、全ての職員に「初めての人にそんなことされたくありません!」と言って介助を拒まれる方がいる。もちろん初めてであるわけはなく、忘れられているのである。それは私に対しても同様だ。
しかし昨年まではそんなことはなく、私のことを「先生」と呼び(音楽の先生、という意味らしい)、ふと顔を合わせた時などにっこりと微笑んでくれていた。

それがいつの間にか、私のことを覚えている素振りを全く見せなくなり、認知症の進行とともに私もすっかり忘れられたんだな、と寂しく思っていた。

先日、その方の入浴介助をした。排泄も入浴も口腔ケアも、あらゆる介助を拒まれる方である。当然、素直に入ってはくれない。
私はそういう時、二択を作り、どちらかを選んでもらってそれに従う、という方法をよく使う。
「お風呂に入りませんか?」と声をかけたのでは、断られるに決まっている。一度断られてしまえば、その後は嫌がるのを強引に入ってもらうことになってしまう。説得などもちろん無駄である。
だが、「お風呂が沸いたので入りましょう。歩いて行きますか? 横着して車椅子で行きますか?」と尋ねると「歩いて行きます」などと答えられる。もし脱衣室までお連れしたところで、「お風呂なんて入りません!」と言われたら、それは聞こえていないふりをして、「さあお風呂に着きましたよ。どうしますか、ご自分で脱ぎますか? それとも私が脱ぐお手伝いをしましょうか?」などと尋ねると「自分でやります」と脱ぎ始めたりするのだ。

このように、こちらにとっては返答はどっちでも良く、結局は同じこと、となるような二択を投げかけるわけだ。もちろん、そこで質問そのものを否定されてしまうことも全くないわけではないが、不思議なことに大抵はうまくいく。

その日もそうして入浴していただいていた。基本が入浴嫌いの方なので、機嫌は決して良くない。いろいろと話しかけたものの、返答はぶっきらぼうだった。
やがて、前日その方の受診に付き添ったことを思い出した私は、「そういえば昨日、一緒に○○内科に行きましたね」と言った。するとその方は怒った声で答えた。

「一緒に行ったのは、立派な眼鏡の先生です! あなたみたいな坊主じゃありません!!」

私が眼鏡をかけていて、現在坊主頭なのは言うまでもないだろう。

私は吹き出し、全身の力が抜けて笑い崩れてしまった。
もちろん普段は、認知症の方の前で、その方が真面目に言われていることを笑うようなことはしない……ように極力努めている。私が何故笑っているのか理解できなくとも、「自分は笑われている」というのは雰囲気として伝わり、その方の自尊心を傷つけてしまうからだ。
だが、この時ばかりは自制できなかった。介助の手を止めて大笑いしてしまった。

その方は「先生」のこと、そして前日一緒に受診に行ったことはしっかり覚えていたのだ。私とは別人として、だが。

いやー、こういうことがあるから介護の仕事は楽しい。

って、この面白さが他人に伝わるかな?

……ということで、「認知症の方でもちゃんと記憶できる」という話でした。

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