出番だよ、ワトソン君

認知症による、いわゆる問題行動を抑えるためには、その行動を引き起こしているその方なりの欲求を探って、そこにアプローチするというのが王道である。

このように言葉で言うのは簡単だが、欲求、つまりその方が本当に望んでいるのは何なのかを知ることは必ずしも容易ではない。またそれがわかっても、アプローチが難しいことも多い。認知症ケアに関わっている方ならお分かりいただけることと思う。

そこでこのたび私が試論を提出するのは、学習心理学の応用である。

認知症、とくにアルツハイマー型は、ほとんどが物忘れから始まる。古い記憶は保持されているが、最近の記憶が失われやすい。短期記憶障害や記銘力障害と言われるものである。

例えば「家に帰りたい」と玄関から出て行こうとされる方がいるとしよう。こうした方の「魔の刻」は総じて夕方である。そんな時に、「あなたはここに入所しているんですから帰れませんよ」とありのままの事実を突きつける者はいないだろう。それで納得されるくらいなら、最初から帰るなどとは言われない。
「今は雨が降っていますよ。何も今帰って、びしょ濡れになることはないですよ」
「お帰りになるのはもっと遅い時間だと思っていました。だから夜ご飯も用意してあります。せっかくだから食べていってください」
などと声をかける。それでその場は納得されて一旦は食堂に戻られたものの、先ほどの会話をすっかり忘れてすぐにまた玄関へ向かわれる……。

私の経験上、そういう方は、えてして放っておかれ退屈した挙句、頭に浮かんできた「帰ろう」という思念に頭を占拠されてしまうのであり、レクレーションなどをしていれば穏やかに過ごされたりするので、「出て行くのをやめさせる」のではなく、「出て行こうと思われなくなる」ための支援が必要なのだが……そうは言っても人手の問題などから難しいこともあろう。なのでここではそのことは置いておく。

ところで、そうした方は全く何も記憶することができないのかと言うと、そんなことはない。例えば自室やトイレ、玄関の場所などは覚えられていたりする。
覚えられることと覚えられないこと、いったい何が違うというのだろう?

仮説1:言語による記憶は困難だが、非言語的な記憶は可能
人間ならではの、生物としては高次の能力である言語による記憶は苦手だが、言語を伴わない、空間などに関する記憶は比較的容易なのではないか。場所を覚えたりするのは、より原始的な能力であるため、認知症が進行しても、遅くまで保たれるからである。

仮説2:記憶は困難だが、「学習」は可能
覚えるのは困難だが、条件づけはされ得る。つまり、「帰るために玄関に行きたい」⇒「場所は知らないのでとりあえず歩き回る」⇒「玄関らしい場所に着いた」⇒「やった!」となり、この最後のところで感じた喜びが正の強化子(<ごめんなさい、意味は検索してみてください)となって、条件付けが行われ、「家に帰りたい」という内的刺激が「玄関へ向かう」という行動を呼び起こす。

仮説1はひとまずおいておく。これが正しいとしても、それをケアに応用するのは難しいから。
そこで仮説2である。
例えば発現を抑えたい問題行動「玄関から出て行ってしまう」に対しては、

①玄関まで向かっても、そのまま引き返すなどの行動をとった場合、正の強化子となる「報酬」を与える。
この場合の報酬は……まさかおやつをあげる、というわけにもいかないだろうから(^-^; 賞賛、感謝などの言葉をかけるのが適当ではないか。あなたが若い異性なら、手を取ったり抱きしめたりするのもいいかもしれない(^-^;;
しかしこの方法はなかなか難しい。外へ出て行くことはなくなっても、玄関へ向かうという行動はむしろ強化され、頻繁になる可能性がある。「玄関に向かうといいことがある」と、体が覚えてしまうのである。

また、逆に、出て行ったしまった場合に報酬を与えないよう気をつけなければならない。例えば、追いついた後、少しでも気晴らしになればと「それじゃ散歩でもしましょうか」とそのまま近辺を散歩し、その方もそれを楽しんだとする。これ自体、ケアとしては間違っていないどころか、むしろ好ましいことに見える。
しかしこれは学習仮説に照らせば、「玄関から出て行く」ことに対し、「散歩」という報酬を与えることで、玄関から出て行く行動をますます強化していることになってしまう。

②玄関から出て行こうとされた場合、負の強化子となる「罰」を与える
罰……痛み刺激を与えるなどの非人道的なことは問題外なのは言うまでもないし、「嫌な気持ちがする」程度のことであっても、それが心の平穏をかき乱し、問題をさらに悪化させてしまう可能性は少なくないが……
それでも、①に前述したような問題点がある以上、行動を抑制するにはこちらの方向性で考えねばならなそうである。

「出て行こうとすると嫌なことが起こる」となれば良いので、犬が嫌いな方なら玄関先に犬をつないでおくとか……嫌われている職員がいるなら、その者が出て行って「私に会いたくなって来てくれたんですね。嬉しいです!」と声をかけるとか……

これを繰り返していけば、やがて玄関から出て行くという行動は消失するに違いない。

そう。この学習仮説こそ、明日の認知症ケアのスタンダードとなるだろう!

……ってそんなわけあるかい。何考えてんだ<私(^◇^;;

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